星のない夜空

 もうどのくらいになるだろうか。夜空の星が消えてしまってからもう長い。夜に窓の雨戸を閉める時も、朝早くそれらを開ける時も、空には長らく星を見ることが出来なくなってしまっている。見えるのは月と金星だけである。

 天気の良い夜は、暗い夜空に月だけがぽつりと浮かんでいるか、それに金星が伴なっているかである。もう一つ光っているなあと思ったら、飛行機の光で近くの空港に降りていく。 曇った夜は雲に覆われるので、もっと暗いのかと思えば、さにあらず、地上の明かりの反射で、黄色く霞んだ雲が漂い、奇妙な薄明るい夜空になっている。

 近くにいくつも出来たマンションや街灯の光が散らばって下方を照らし。昔のような黒い夜空はあまり見られない。もはや夜は真っ暗ではなく、薄明るいのが普通で、漆黒の闇夜は死語になってしまったかのようである。

 子供の頃はこうではなかった。夜は真っ暗だった。夜空を見上げると、いつも満天の星が輝いていたものだった。大阪の市内に住んでいてもそうだったが、田舎に行くともっと暗い夜空に更に多くの星が輝いていたものであった。

 北の空には北斗七星が大きな柄杓のように並び、少し違った方向を見るとそこにはW字型のカシオペア座が輝いていた。そのWの二つの角度の広い方の二等分の線を伸ばし、北斗七星の端の二つの星の延長線との出くわすところにあるのが北極星だと教えられ、一所懸命に北極星を探したこともあった。

 夏の夜空には、南の方を見ると、水平線近くに巨大な蠍座が顔をを出し、その雄大さに魅せられ、未来の夢をそそられたものであった。また冬には、天頂近くに上等兵星と言われた三つ星の並んだオリオン座が輝き、寒い夜に歩哨に立たされた新兵がそれを見上げて泣かされたという兵隊さんの苦労を偲び、運命の先行きを占ったりしたのであった。

 条件さえ良ければ、人間の目では、理想的な条件なら、6等星まで見えるそうで、夏の晴れた夜などでは3000ぐらいの星を見ることが出来るのだそうである。それが、地上の夜が明る過ぎるようになって、今ではその光害のために、世界人口の83%の人たちが星のない夜空を見上げているのだそうである。

 宇宙からの地球の衛星写真を見ても、陸地の大部分は光り輝いているので、今では、例外的に暗い北朝鮮にでも行かないと、理想的な星空は見えなくなってしまっているのかも知れない。

 それにしても、昔は満天の星に儚い夢を託していたものなのに、今や夜空に月と金星しか見えないのは何としても悲しい。もう天の川を挟んだ織姫と牽牛彦星の物語も、冬のオリオン座や夏の蠍座も、プラネタリウムの催し物でしか見ることが出来ないのであろうか。

 人間は自らの文明によって、折角自然が与えてくれた夢まで無くしてしまったのであろうか。