語漏症

 時々電車の中や道路でも、独り言を口にしている人を見かけることがある。多くは自分では意識していないのに、言葉が自然に口から出ている様である。

「ヨイショ」と言ったような掛け声だったり、「ああ綺麗だな」とか「ああ良い気持ちだ」などと感嘆した時などに、思わず出るような言葉は誰もが口にすることがあろうが、多くの人の中には、何かをする時には、決まって何かを呟きながらするような癖を持った人も見かける。

 掛け声の様であったり、自分に言い聞かせている様であったり、色々だが、大抵は一人でぶつぶつ呟きながら行動している感じである。昔一緒に働いていた先輩の医師の一人はいつもの様に「エライコッチャ、エライコッチャ」と小声で呟きながら病院の廊下を急ぎ足で歩いていた。

 また、いろいろ考え事をしていて結論に近くなった時などに、「そうだこれだ」とか「あん畜生」とか言った声が自然に飛び出すこともある。夢を見ていて寝言を言ったり、何かにびっくりしたりして思わず声を出す様なことも時にも見られる現象である。

 ところが、電車の中などでも、初めから終わりまで、絶えず何か呟きながら行動している人を見かけることもある。全く意味不明のことを喋っていることもあるが、同じことを小声で繰り返しながら続けていることもある。精神分裂症や躁病などの人に多いと言われるが、頭の中に浮かんだ言葉が抑制が効かず、そのまま声になって出てしまうのであろうか。

 しかし、文脈の通った言葉を小声で繰り返しながら行動している人もいる。ある時、見かけた人は電車に乗る時から降りる時まで、ずっと関係のあったのであろう先生らしき人のおかげで助かった様なこと繰り返し繰り返し呟いていた。

 またある時は、道を歩いていたら、近くに誰もいないのに、向こうの方で一人で大きな声で何か喋っている人がおり、その時は、てっきり気の触れた人かと思ったが、携帯電話で喋っているのであった。今なら携帯電話で話しながら歩いている人も普通に見られるので何も驚く様なことではないが、そんな時代もあった。

 こんなことを踏まえて、私はいつからか、この様に言葉が無意識に漏れて出ている状態を勝手に「漏語症」と名付けていたが、正式にはどう呼ぶのか、そんな名前があるのか知らなかったので、最近Googleで見ると、「語漏」とか「語漏症」というのが載っていた。

 「言葉もれ」とも言うそうで、logorreaという用語もあるらしい。「無意識に言葉が次から次へと出てくる現象」とされており、「分裂病や躁病の患者に多く見られ、通常、文脈や思路の乱れが多く、内容の理解は不能である」と書かれていた。ピック病やアルツハイマーでもよく見られるとされているが、少し広く考えれば、程度の違いや性質の偏りなどがあるにしても、普通の人に見られるものから、全く理解不能なものまで色々と広い範囲で見られる現象なのであろう。

 言葉は本来、頭の中で作られ、練られて、外へ出て来るものであるから、途中でそれが抑えられて内に止まるか、外へ出るかの調節には色々の条件が重なっているのであろうから、綺麗に病的かどうかを決めるのは難しいであろう。

 「語漏症」でも「漏語症」でも良いが、もっとよく使われても良さそうな言葉であるが、あまり聞かないのはどうしてであろうか。