マンションの灯り(続)

 一昨年の十二月に、「マンションの灯り」と題して、我が家の北窓から遠くに見える大きなマンションの夜の灯りについて書いたが、その後に気がついたことなどを少し補足しておきたい。

 こちらは老人家族なので、早寝、早起き、それも嵩じて、寝るのは8時前、起きるのは4時前という生活なので、雨戸を開け閉めするのもそれに準ずることになる。

 従って、マンションでも、恐らく夕方はまだ住民たちが帰宅してやっと寛ぎ、夕食などをしている頃で、朝は殆どの人がまだ眠っている深夜に眺めることになる。

 平素使っていない部屋の北窓からなので、雨戸の開け閉めする時以外には、あまりその窓から外を眺める機会もない。それだけに余計に、窓を開け閉めする時の外の様子が気になる。殊に真夜中の眺めは、日中と違うので、いろいろなことを想像させてくれる。

 道路を挟んだ家並みの夜の世界を微かに照らすかのように、街灯がほぼ等間隔に並んでおり、その一番奥を塞ぐかのように暗黒のマンションが立っているわけだが、その中にぽつんと灯りが灯っているのである。

 微かな灯りだけに、返って雄弁にいろいろなことを語ってくれるようである。前回は、そこから住民たちのそれぞれの生活を想像させてもらったのだったが、いつも見ているうちに、日によって異なる灯りの数の変動にも興味が湧く。

 大型のマンションためか、一軒も灯りがない夜は滅多にない。いつも決まった家には必ずと言って良いぐらい電気がついている。それほど明るい電気ではないので、暗い電気でもつけたまま寝る習慣の家なのだろうかと勝手に決めている。

 毎夜のように見ていると、灯りのついた家の数が日によって異なっていることに気付く。平日は上記の一軒だけのことが多いが、週末には何軒かに灯りがつくことになる。五月のゴールデンウイークともなると、ずっと数が増える。朝早くから出かける準備か、遅く帰って来て、まだゴソゴソしているのであろうか。

 面白いのはサッカーの世界大会のあった時である。これまでの最高ぐらい、あちこちの窓に灯りがついていたのが興味深かった。サッカーブームで若い人たちが惹きつけられている様子を物語っているようで興味深かった。

 こうして毎夜のように、マンションの灯りの窓の数の変動を見ていると、何か「国政調査?」でもしているかのような感じになり、つい、その数まで数えて記録でもして置きたくなる衝動に掻き立てられる。

 マンションが建ったおかげで、後ろの五月山が見えなくなってしまって残念であったが、マンションはまた違った楽しみを与えてくれたようである。

   ”マンションの灯り今夜はいくつかな平日、週末、サッカー試合”