国際社会とは?

 

 日本のメディアでは、「国際社会」という言葉が頻繁に使われる。初めのうちは何となく世界のことぐらいに思って聞き流していたが、最近はどうもこの言葉が引っかかる。

 「国際社会に貢献」とか「国際社会のルールを破って」とか言われても、それは必ずしも世界全体への貢献だとか、全世界の秩序への反逆を意味するものではなさそうである。

 この度のロシアのウクライナへの侵略に対しても、メディアは一斉にロシアが国際社会の秩序を破ったことを非難し、アメリカ主導で国際社会の一致したロシアに対する経済制裁が始まったと報道している。

 しかし、アメリカが世界中に経済制裁を呼びかけたにもかかわらず、実際にそれに従って経済制裁に同調したのは、上の世界地図で青く塗り潰された国々だけなのである。世界の人口の三分の一なのだそうである。

 どうも、国際社会と日本で言われているものは、米国の主導する、いわゆる西欧諸国と言われるヨーロッパに、アングロサクソン系のカナダ、オーストラリア、ニュージランドを加え、それにアメリカ軍の駐留するアジアの日本と韓国あたりを含めた包括的な呼び方のようである。

 いわゆるBRICsと言われる国はどれも入っていない。ブラジルに、ロシアは勿論だが、中国もインドもそうだし、南アフリカを加えても、アフリカ諸国もどこも、この経済制裁には加わっていない。

 中国が制裁に賛成しないだろうことは初めから分かっていたが、アメリカは中国に対し、ロシアを援助したら中国に対しても経済制裁するぞと脅し、インドが経済制裁に加わらず、逆にロシヤから大量の石油を安価に購入したことを知ると、わざわざ直接文句を言いに行ったが、インドは応じなかったようである。

 メキシコをはじめとする中南米も、ブラジルなどの南米大陸の諸国、アジアやアフリカの国々もアメリカの呼びかけた経済制裁は無視して、中立を維持している。

 確かに今なおアメリカが主導する”西欧諸国”が政治的にも経済的にも先進国としての役割を担い、国際社会で主導的な役割を果たしていると言えるであろうが、時代は確実に動いているようである。

 アメリカの勢いに翳りが見え、西欧諸国の矛盾が深くなる傍ら、中国を初めとするいわゆる第三世界と言われた諸国の発展が進み、こうした新たな世界の動きを誰も止めることは出来ない。

 漫然と国際社会と言って、アメリカが主導するいわゆる西側諸国とか西欧と米国、それに日本などがぶら下がっている範囲を意味することを続けて行けば、いつの間にか、世界の中でのその他の地域の成長が注目されるのを見落としてしまう恐れがあるのではなかろうか。