日を間違えて

 女房に今日は午後2時からアゼリアホールでシンフォニーがあると言われ、そうだったかなと思い一緒に出かけた。ホールは隣駅の近くにあるので、運動がてらに歩いて行くことにした。およそ2キロ半ばかりの距離があるので、杖をついての歩行では途中で一休みして、半刻ばかりかけて辿り着いたのだが、開演30分ぐらい前だというのに、ホールの玄関周辺には人影もない。

 おかしいなと思って確かめたら、切符には12月19日とあるではないか。女房が12月をすっかり11月と思い込んでいたらしい。私も予約をした時点では知っていた筈で、後で手帳を確かめたら、ちゃんと12月に記載があった。あらかじめ確かめれば良かったが、すっかり忘れていたので、言われるままに行動したのであった。

 歳をとると、こういうことはえてして起こる。若い時は記憶が確かなので間違えることは稀であるが、中年になると予定が多いので、手帳を見て行動することになる。しかし、老人になると、用事が少なくなるので、手帳に書いていても、それを見ないことが多くなるので、手帳も当てにならなくなる。

 完全に騙されたことになったが、長道を歩いて良い運動になったと思わなければならない。ホールのティールームに入り、冷たいジュースを飲んで一服ということにした。

 ティールームはホールの公演もないので空いていた。かなり広い空間で、奥の方では10人ばかりの団体が、何か書類を広げて打ち合わせをしているのが見られた。その他は殆どガランドで、斜め方向の少し離れた席に、共に白髪で、共に眼鏡をかけた老人が二人、椅子に座って話しているだけであった。

 片方の老人が鞄を横に置いていたので、何処からか尋ねて来て、友人と話し合っているのであろう図であった。少し距離があるので、声は聞こえないし、委細は判らないが、二人の動作を見ていると、何か静かなパントマイム劇を見ているようで興味を唆られた。

 初めは片方が写真帳のようなものをを取り出して見せていたが、次に見ると、相手の人が何か用紙を取り出して、何か話し始めたのか、片方の人が耳を傾けて身を乗り出すように体を曲げて相手に近づくのが見えた。おそらく耳が遠いのであろう。動作がそれを示していた。

 続いて、一方が眼鏡を外して用紙に書かれている文字を読んでいたのは、老人性の近視のためであろう。と思って見ていたら、今度は片方の人がスマホを取り出して、何かを打ち込んでいるようだったが、その指の動きの遅いこと、ポツンポツンと、私と同じ有様であった。

 相手は仕方がないように黙って待っている。やっと打ち終わったのか、今度は二人で身を屈め、頭を近付けて、スマホを一緒に見ていると言った展開が続いていた。内容は全くわからないが、如何にも二人揃っての老人の仕草が、自分と引き合わせて興味深く、しばらく観察させて貰った。

 ホールの広い窓から外を見ると、外は公園のようになった庭で、ティールームからも直接出れるようになっており、外は秋晴れの良い天気であった。見ると、出たすぐ近くにテーブルと椅子が一組だけあり、一人の男がそこを占拠して、ウクレレを横に置いたまま、何かを一心にやっている。後で外へ出た時には、曲が完成したのか、そのウクレレを一人で演奏していた。静かな中々気持ちの良い曲であった。良い日であれかしと心の中で呟いた。

 庭には皇帝ダリアが見事に咲いており、その下の椅子には若いサラリーマン風の男が一人黙って座っていた。営業廻りの途中で、疲れを癒しているかのようであった。

 肝心のシンフォニーは聴けなかったが、秋らしい良い天気の午後だったので、ゆったりとした気分になって、近くのバス停からバスに乗って帰宅した。