道端の小さな鳥居

 昔は公衆便所などというものが少なかったので、立ちションベンと言ったが、立小便は普通であった。男だけでなく。女もだというとびっくりされるだろうが、私の子供の頃には田舎でのことだが、道端で女性が着物の裾をまくり揚げて、立ちションベンをしているのを見たこともあった。男女で体の向きが反対なのが特徴的であった。

 人の少ない田舎なら昔はそれでも、流石に何の問題はなかったが、人の多い都会や町で立ち小便などをされると、第一不潔で不衛生だし、周りの迷惑になるので困る。その被害を防ぐために、立ち小便をされては困る所には、赤いミニチュアの鳥居を立てたり、ペンキで鳥居を描いたりされていたものであった。繁華街の外れや、飲み屋街の近くには、やたら多くの小さな鳥居のオンパレードが見られるような所さえあった。

 それでも私の子供の頃は、人の通る道端で立ちションベンをしている姿を見るのは決して稀ではなかった。それどころか酔っ払いが、子供達に見せつけるかのように、道の真ん中で歩きながら放尿し続けたのを見たこともあった。流石に今ではそんなことをする人もいないし、すれば、軽犯罪法違反で検挙されるであろう。

 しかし排泄は生理的なものであるから、立ち小便を禁止するには、地域としても、それに対処して公衆便所などを整備しなくてはならない。公衆便所は私の子供の頃からあったが、まだ少なかったし、あっても大抵は蝿が飛び交い、暗くて汚い、気持ちの悪い所で、あくまで仕方がないから我慢して行く所であった。そのためかどうか知らないが、立ち小便の方が気持ちが良いので、公衆便所の近くで立小便をする人さえ見かけたものであった。

 ところが最近は当時とは全くといっても良いぐらい事情が変わってきた。何処へ行っても、それなりに整備された水洗式の公衆便所が整備されているし、街角のコンビニなどでも用は足せる。少なくとも、街中で立小便をする人はいなくなったのではなかろうか。

 それに伴って、いつしかもう立ち小便禁止の小さな赤鳥居も殆ど姿を消してしまった。いつだったか、京都の大道りに面した道路脇で、旅館の高い黒塀が続いている所に、ひょっこり赤い小さな鳥居の一つあるのを見つけて懐かしく思ったものであった。もう今の若い人の中には、その鳥居が何を意味するのか知らない人もいるのではなかろうか。