奇遇

 未だ普通に働いていた頃には、思わぬ所で思わぬ人に出会ったりしてお互いに驚いたり、それを機会に旧交を温めたりしたことが時にあったものだが、歳をとると、誰しも活動範囲が狭くなり、交友関係も減るし、その上、同じ年頃の友人たちがだんだんと亡くなってしまい、そういう機会も減って来てしまう。

 もう大分以前のことになるが、ある時、何かの用で滅多に乗らない郊外電車に乗った時に、もう長い間会ったことのなかった旧友とばったり出会い、その友人がすっかり歳をとってしまっているのに驚いたことがあったが、恐らく向こうも、こちらを同じように見たのではないかと思ったことがあった。いつもよく会う相手の場合には、会う度に、その印象を更新しているものの、長い間会っていないと、急に何十年前の印象から現実に飛び越えてしまうので、その違いに驚かされるのであろう。

 それはさておき、同じ人とのこのような奇遇はそう度々起こるものではなかろう。住所や勤め先が近いとか、通勤や仕事で同じ電車の路線を利用しがちだとか、そうでなくても、何らかの関係で、相互に近づく関係があるとかすれば、普段は会わなくても、何処かで出会う機会も増えるというものであろうが、全く関係なく離れた所で生活するもの同士が偶然にで出くわす確率はそう高くはないはずである。

 ところが我々夫婦と私のただ一人の甥とは、まさに奇遇というべき遭遇を3回も繰り返しているのである。

 我々は阪急沿線の池田市に住んでいるが、甥と言っても、もう前期高齢者になるが、大阪市の南の東住吉区に住んでいる。商社に勤めていたが、独り者で、今は母親の面倒を見ながら、あちこち歩くのが趣味のようである。

 1回目の奇遇は梅田の阪急の駅構内のエスカレーターでのことであった。午後の空いた時間帯であったような気がする。我々が電車に乗ろうとして、上りのエスカレータに乗っていた。このエスカレータはすぐ隣に下りのエスカレータとすれ違うようになっており、途中でほんの少しだけすれ違う人がお互いに見える場所があるように作られている。

 そのすれ違いのほんの一瞬に、お互いの視線が合ってびっくりした。お互いにすれ違っていても、双方がともに反対側のエスカレーターを見ていなければわからなかったところである。一日に何十万という人が絶えることなく流れている駅で、電車のホームも多いし、エスカレータも沢山ある。しかもエスカレータに乗る時は前方を見て立っていることが多いので、横を見る機会も少ない。その上、反対側のエスカレーターの人を見れるのは、すれ違いのほんの瞬間にしか過ぎない。

 第一もう通勤はしていなかったので、たまたま適当な時間に帰りかけていただけであるし、甥の方も、たまたま阪急沿線の何処かを歩いて来て、帰るところだったのである。どちらかが、ほんの一瞬早いか遅いかで、もうお互いに相手を見る機会はなかったはずである。こういうのを奇遇と言わずに何というべきであろうか。

 ところが、思わぬ時に思わぬ所でまた2回目の奇遇が起こったのである。この時は、女房が友人と吉野へ行った時のことであった。友人と共に道から少し外れた脇道で、人ごみを避けて、座って景色の写生をしていたのだそうである。普通に人が行く道から少し逸れた脇道なのに、そこへ吉野へ散策に来た甥がたまたまやって来て、女房を見つけびっくりしたのだそうである。

 花見シーズンからそう離れてはいない時期だったが、大阪から遥か離れた吉野の山の中で、それも普通の道から逸れた所での回合は、あらじめ時刻と場所の打ち合わせをしていても実現の危ぶまれるもので、やはり奇遇としか言いようがないのではなかろうか。

 そして3回目が今回である。私たち夫婦は以前から毎月一回は箕面の滝まで「月参り」と称して行くことにしてきたが、今年の1月分は足が悪いので、延び延びになり、31日にようやく何とか行けた有様であったが、もう忽ち2月分をこなさなければと思い、13日に普通の滝道は工事で通れないので、左岸の狭い道を通って行ってきた。

 左岸の方が道が悪く、登ったり降ったりする所が多く、時間をかけて往復し、やっと箕面の駅に帰り着いて電車に乗ったところであった。それも、いつもは先頭車両に乗るのだが、石橋についた時に、先頭車両が一番混んでいて、降車時に混雑するので、それを避けるために2両目に乗ることにしたのだった。

 そう思って車内に入り、腰掛けようと思ったら、向こうから声がかかり、びっくりして見ると、その甥ではないか。時刻も午後一時過ぎの中途半端な時刻。人の動きが盛んな時ではない。こんな所で、こんな時刻に、人と出くわす確率は極めて小さい。やはり奇遇としか言いようがない。

 どういう巡り合わせか。全く偶然に偶然が重なって、それが、しかも3回も繰り返されるとは。無神論者にも、人智を超えた偶然の導きというものがあるのであろうか?? 楽しい巡り合わせではある。