緊急事態宣言を「発出」する

「緊急事態宣言を発出する」と新聞に出ていたのが引っかかった。宣言なら「発令」とか「布告」などというのが普通であろうが、どうして「発出」などという聞き慣れない言葉を使うのだろう。政府や官僚が言葉を言い換える時には、国民の目を誤魔化そうとする意図が隠されていることが多いので注意が必要だからである。

 日本で最も網羅的な国語辞典、「日本国語大辞典2版」(2000~2001年)には「発出」の項目はあるものの、載っている意味は「①ある物事や状態が生じて外に現われること。また、現わし出すこと。②発疹が出ること。③出発すること。送り出すこと」で、何かを告げ知らせるような意味は載っていない。

 調べてみると、4月の緊急事態宣言を出した時にも、安倍首相が記者会見で「緊急事態宣言を発出することとします」と述べていたのだが、新聞が殆どの場合「発出」を「発令」と言い換えていたので気が付かなかったようである。

 こういった「発出」の使い方を載せる辞書は少数のようであるが、そのうちの一つ、新明解

国語辞典7版では「役所から通達などを出すこと」と説明し「局長通達を発出する」という例文を挙げており、どうも典型的な官庁用語のようである。

 三省堂辞書編集部の飯間浩明さんも、「他の辞書ではいまだにあまり見かけないようです。新語や新しい用法の目立つ大辞林4版にも載っていません。「発出」は一般的とは言えません。使用は控えた方がよさそうだ」と述べてられる。

 以前から使われている官庁言葉であれば、一安心であろうが、政府や官僚の言葉の言い換えには注意した方が良いのは、これまで都合の悪い言葉はいつも言い換えて、国民を誤魔化そうとして来たことが多いからだる。

 例えば、今はやりのGoToがそれである。GoToトラベルといえば、奇妙な英語ではあるが、「旅行促進」といった意味合いになる。しかし、「不要不急の外出は控えよう」と言っている時に、その真逆の旅行促進などとは言い難いし、それでは反発も強そうだろうからと考えだされたのがこのGoToという言葉であろう。英語に弱い国民を言葉でたぶらかそうとする意図が見え見えである。

 本来はコロナが収束した後にやるべき施策を、利権なども絡んで、慌ててまだコロナが治らないうちの始めるものだから、今の感染拡大に繋がったことは周知の事実である。そのために国民がどれだけ被害を被ったことであろうか。

 IR(Integrated Resort)もそうである。初めはカジノカジノと騒いでいたが、ギャンブルに対する国民の反発が強いことを知って、いつしかIRに変わってしまった。賭博場だけでなく、ホテルもあるしショッピングセンターもあるから、こちらの方がふさわしいと言い張るのであろうが、IR と言われても、普通の人には何のことかわからない。そのどさくさに紛れて、ギャンブル施設を作ろうという思惑なのである。

 もっと昔から、政府には都合の悪いことは、いつも言い換えてきた歴史がある。戦争中には

全滅を玉砕、退却を転進、敗戦を終戦と言い、戦後も占領軍を進駐軍、軍隊を自衛隊、戦車を特車などなど言い換えにはキリがない。政府の言葉の言い換えにはいつも注意を払うべきであろう。