老人の夢精

 夢精と言えば青春のシンボルのようなもので、性的な事柄なので、あまり公然とは話されないことが多いが、若い男子の象徴とも言えるもので、男の必須の生理的な現象である。

 精巣で作られた精液が膀胱に近い精嚢に運ばれ、そこで精嚢液と混じり、それが刺激に応じて尿道から発射されることになる訳だが、それは必ずしも性交によるとは限らず、それ以外にも生理的に起こるものである。それが夢精と云われるものである。

 一般に精嚢が睾丸からの精液を受け取り、精嚢液がある程度溜まると、たとへ性的な刺激がなくとも、膀胱に近接しているので、その圧迫などによって、無自覚的に射精が起こることにな流のである。

 若い時には、大抵それが刺激になって、性的な夢を見ることが多いものであるが、夢精は必ずしも性的な夢を伴うとは限らない。単に膀胱に尿が溜まって強くなった圧力が精嚢を圧迫し、それが刺激になった機械的に夢精を起こすことになるようである。

 従って、若くて精子の産生が盛んで、性活動が盛んな時には、当然夢精も頻回に見られるが、必ずしも性交とは関係なしにでも起こる生理的な現象なので、性交の多寡と夢精とは関係しないと言われている。

 それにしても、性交も夢精ももっぱら若い時代の話ということにされ勝ちであるが、睾丸での精子の産生は、女性の卵巣と違って、かなり高齢まで続くこともあるようで、70歳過ぎて再婚して子供を設けたというような話もよく聞かれる。

 それに連れて、夢精も案外歳を取っても続くものである。性的刺激が少なくなり、陰部の血流が衰え、精嚢液の貯留が遅くなっても、膀胱の膨満が刺激となる生理的な現象なので、夢精は頻度は減っても続くものである。もちろん液の産生にも貯留にも若い時より時間がかかるので、頻度は落ちるが、無くなりはしない。

 それでも、もう90歳も過ぎれば、最早そんなことには関係がなくなることだろうと思っていたが、92歳を過ぎてから、先日久し振りに夢精があった。恐らく、膀胱の過剰な尿の貯留が刺激になったのであろうが、悲しいことに、性的な快楽とは全く無縁の排泄だけであった。

 それに伴って見た夢は、何処かで大勢の仲間と板敷きの部屋で雑魚寝をする夢で、こちらが寝ようと思った所に、次々と他の仲間が寝てしまい、寝る隙間がなくなって、皆が部屋を取り囲んで寝ている真ん中だけに残された空間に、寝なければならなくなったような夢であった。

 勿論、この歳では精液の量も少なかったし、恐らく無精子液だろうが、それでもこの歳になっても夢精のあったことは、多少の困惑はあっても、それだけまだ元気だという証拠でもあろうかと密かに喜んだりしたものであった。それがこれを記録させたのであろう。