マスクをするか、しないか

 コロナのパンデミックのお蔭で、マスクが大流行りである。ひと頃、ドラッグ・ストアでも、マスク売り場の棚だけが空っぽの状態が続き、国会でもマスク不足が問題となって、アベノマスクが国から配られたりしたが、それがまた問題を起こしたことは皆の記憶に新しい。

 流石に最近はマスクも充分出回っており、夏に向かってひんやりする夏用マスクなどが考案されて広告されたりしている。

 それは兎も角として、マスクがコロナの感染予防に役立つことは、今では世界中に定着しており、マスクを嫌がる人の多いアメリカやヨーロッパでも、広くマスクが用いられるようになっている。先日は、イタリアでマスクをしないでバスに乗ろうとした人を、運転手が拒絶したところ争いになり、運転手が意識不明の重体になったとかのニュースが出ていた。

 日本ではコロナの予防のために、政府が不要な外出を控え、なるべく家に留まるようにすることと、3密、すなわち密閉、密集、密接を避けることとともに、手洗いとマスクの着用を勧めたのが始まりであろう。今では何処へ行ってもマスクをした人ばかりで、だいぶ慣れてきたとういえ、やはり何か世間の異様な感じは消えない。

 そのお蔭かどうかは別としても、幸い、この春の流行は緊急事態宣言が出されたものの、結果はそれほど広がらずに何とか落ち着いた。宣言も解除され、閉鎖されていた社会の諸施設も次第に再開され、経済活動も次第に元に戻りつつあり、今度はGoTo政策とかで積極的な観光刺激策まで動き出しそうな気配であるが。感染者数がまた増えつつあり、第二波の襲来は大丈夫なのか心配である。

 街へ出ると、人出が増えて来たものの、殆どの人はマスクをしたままである。マスク姿の洪水である。多くの人が第2波を恐れているからであろうが、この異様な風景はいつまで続くのであろうか。日本人はマスクが好きなのか、コロナが流行る以前から、春先になると、例年、花粉のアレルギーを持った人たちがマスクをするので、公衆の場でのマスクは珍しい風景ではなかったが、この頃のようにひとり残らず、皆がマスクをして、マスクをしていないと非難する人まで出たのは初めてのことではなかろうか。

 アメリカなどではマスクをする習慣がなく、マスクをしていると顔を隠して悪事でも企んでいるのではないかと疑われるような雰囲気さえあったようで、コロナが流行りだしてからも、マスクの予防効果が広がるまでは、マスクをしない人も多かった。ずっとマスクを嫌がったトランプ大統領が黒いマスク姿で現れたのがニュースになったぐらいである。

 それに、マスクをしていたにしても、人種差別反対のデモなどには、大勢の人が集まって大声で主張を繰り返したりしているし、共和党の選挙集会などでは、トランプ大統領をはじめ、マスクをしない多数の人たちの集会も行われているようである。

 それらに比べると、日本では完璧と言って良いぐらい皆が忠実のマスクをするのを守っている。政府の勧めがあって始まったことではあるが、強制されたものではなく、感染が怖いので自主的に始めたものであろうが、それがいつまでも忠実に守られている。

 私は毎朝のように、朝早く広々とした大きな川の堤を散歩するのだが、時々、出会う人が皆揃ってマスクをしているのに驚かされる。誰もいない、広々とした開けっ広げな空間で、気持ちの良い空気に溢れている所で、どうしてマスクをするのか聞いてみたい気さえする。日本では外出する時にはマスクをするべきものと、皆が決めているかのようである。

 日本では、世間で決まったことは無言で守らなければならない「むら社会」の掟が、今もなお生き続けているようである。マスクをしない人の対しては苦情が寄せられたり、嫌がらせが行われたりすることもあるようで、「自粛警察」という言葉さえある。

 マスクをすると多少息苦しい感じがするので、出来ればしたくないが、マスクをしなければならないことになっているので、仕方がないからしているといった人もいる。マスクはつけてはいるものの、あごの下に下ろしていたり、口だけ覆って、鼻腔はマスクの上から覗いているような人もいる。今やマスクは感染予防のシンボルであり、実際の予防効果より、マスクをしていることが大事なのである。

 もちろん、マスクさえしていれば感染を完全に防げるものではない。大抵の場合、マスクと顔面には隙間があいているし、うまく密着していても、微小なウイルスが通り抜けるのを完全に遮断できるわけではない。咳や唾液など大きな粒子の飛沫を避けられるだけである。

 それに、飛沫より接触感染で、汚染された物品を介しての感染の方が多いとも言われるぐらいで、手洗いや、手で顔を、殊に目や鼻、口などを触らないことの方が大事だと言えるかも知れない。それでも、あちこちの施設の出入り口に置かれた消毒用のスプレーを利用している人は、マスクより少ないように見受けられる。

 日常生活の中で必要なことを続けて守っていくためには、習慣にしてしまっておくことが必要なので、どんな場合にはマスクをして、どんな場合にはしないと、いちいち判断するのは煩わしいだけでなく、つい失念し勝ちなものだから、マスクをするのも習慣にしておけば無難なので、外出するときにはマスクと決めておくのも悪くはないであろう。

 予防というものは完璧を期しても出来ないものである。いくらマスクをしていても、手を洗っても、完全にウイルスを遮断出来るものではない。多くの知識の中の大事な点だけ押さえてそれを守り、あまりに神経質にならないことも必要であろう。90%守られれば良いとすべきであろう。リスクをゼロにすることは出来ない。

 コロナが流行っていると言っても、800万人の大阪で感染者は、これまでの合計でも、高々2万人ぐらいに過ぎない。死者も出ているし、高齢者は重篤になり易いので、十分注意することは必要だが、必要以上に恐れるのもよくない。

 予防に関しては誰の知識も完璧ではない。自分のしているマスクや手洗いが実際にどれだけ感染を遮断しているかは定かでないが、マスクを始め、三密を避けるとか、不要な外出を控えるとかの注意は、自分で判断して決めることが大切である。自分で決めたことは結果がどうあろうとも、自分なりに納得出来るからである。