正月やめでたくもあり、めでたくもなし

 年が変わって、今年で数えて93歳になる。もうこの歳になると若い頃のような正月の楽しみはない。あっという間に一年が過ぎて、忽ちまた正月がやて来たというだけのことになってしまっている。よくこの歳まで生きたものだと思う。もういつ死んでも悔いはない。

 昨年まではまだ元気だったが、今年はどうもそういう訳にはいかないようだ。昨年の夏は極端な暑い日が、それも長い間続いたので、それまでになくへたばった感じがした。それがどうやら始めの兆候だったようである。

 10月の終わりぐらいから、今度は脊柱管の狭窄症なのか、2〜300米も歩くと右足が痺れて痛くなり立ち止まらななければなる間欠性跛行になり、MRIで調べてもらったが大したことはないようだが、歩行はそれ以来、良かったり悪かったりで、前かがみになるといくらか歩きやすくなるので、杖も離せなくなった。

 何よりこれ迄は、足だけは丈夫でどこまでも歩けるのが自慢だったが、それが出来なくなったのが一番辛い。12月には、毎月一回は行くことにしている箕面の滝までの散策も、雨が降って来たこともあったが、途中で引き返さねばならなかったし、元旦には、毎年三社廻りと称して、近くに3神社へ行くのを習慣にしていたが、今年は少し離れた神社をオミットして、2社で我慢しなければならなかった。

 その上、12月終わり頃にふと気が着いたのだが、両下腿に浮腫が出現し、それがずっと続いている。おまけに、以前から時々一回ぐらいの下痢があったが、暮れから正月にかけてはその下痢が続くようになった。以前より疲れ易くもなり、昼間に半時間ほど昼寝をしないと体が持たない感じもする。

 どうやらそろそろ命の終焉が近付いて来たのであろうか。正月が明けた頃には、一度近くの医者に診てもらって、浮腫の原因ぐらいは分かる範囲で見当をつけておきたいと思うが、根掘り葉掘り調べるようなことはすまいと思っている。それより、そっと成り行きを見ていく方が良いのではと思っている。

 正月早々から縁起でもないと思われる向きもあろうかと思うが、体の衰えは年とともに確実に進むもので、年の行くほど、その様子は人様々なので、天命に任せて静かに経過を追っていくのが最善ではなかろうかと思っている。

 世情の動きも決して芳しくない。益々、あの嫌な戦前の雰囲気に似てきつつある。今年が果たしてどんな年になって行くのか、それも含めて、静かに自然の流れを観察させて貰うおうかと思っている。