歩くのが遅くなった

 若い時からせっかちで、いつも人を追い抜いて急ぎ、歳をとってからもずっと「歩くのが早いですね」と言われてきたが、九十を越えると流石に若い人のようにはいかなくなった。

 八十歳を過ぎてから、毎月一回は箕面の駅から滝まで往復することにしているが、以前は滝に着くまでに、たいてい一組や二組ぐらいの人を追い抜いて行ったもので、それが楽しみになっていたとも言えようか。

 前方を行く人が女性であったり、老人であったりすれば、追い抜いてやろうという気になり、徐々に距離を縮めながら歩き、三つある急坂のいずれかで、たいてい追い抜いたものであった。

 ある時は、たまたま麓から若い人と話しながら滝道を登ることになったことがあった。その人はこちらが老人なので、やがて別れて先に行こうと思っていたようであったが、どこまでも話しながら一緒に行くので、とうとう「よくついてこられますね」と驚いていたこともあった。

 ところがいつの間にか、他人を追い抜くどころか、逆に追い抜かされることが多くなってしまった。第一この頃の若い人は背が高くなって、コンパスが長くなってしまった。同じリズムでも当然相手の方が速くなる。

 山でなくても、平地でも、最早、若い人には勝てない。女性にまで追い抜かされることになる。初めはまだ負けるものか、とこちらもピッチを上げて対抗しものたが、もうこの頃は諦めて、成り行きにまかせている。

 駅の連絡通路などでも、昔は人の間隙を縫ってさっさと歩き、外国の友達にスネイク・スルウがうまいと言われたことがあったが、最近は大きな流れにさえ遅れがちになることがある。もう諦めて、ゆっくり行こうと自分に言い聞かせることにしている。

 駅で電車から降りる時も、真っ先に降りて、一番に階段を駆け下りるのが常であったが、階段で滑って怪我をした事故以来、下り階段では、必ず手摺を持って、一段一段確かめながら降りるので、後から来た人にどんどん追い抜かれていくことになる。残念な気もするが、安全第一と自分に言い聞かせることにしている。

 やはり歳には勝てないか。今も出来るだけ歩くようにはしているが、長く歩けば、疲れるようになった。他の動作も遅くなったし、歳をとれば、歳を自覚して、歳に合わせることが必要だろうと考えるようになった。