千葉を襲った台風15号

 今年の台風15号での千葉の被害は思ったよりひどかった。当時テレビの天気予報を見ていて、交通の予定運行中止のことは聞いていたが、被害状況についてはいつもより何も言わないので、幸い大したことはなかったのかと思っていたら、遅れて後から被害状況が明らかになり、思いの外ひどいもので、建物などの被害も、農業、漁業などの被害も大きく、長期にわたって停電が続き、市民生活が妨げられたことが明らかになったきた。

 テレビなどの報道も、交通機関の予定運休のようなことが中心で、交通再開で、それこそ通勤のために駅に2キロの長蛇の列が出来たようなことばかりで、外国人に「台風の日までも会社に行く日本人はおかしい」と皮肉られもしたが、実際には、鉄道のことよりも、森林の木が沢山倒れて電線が切断され、送電線の鉄柱の倒れた所まで出て、その復旧に何日も要するというひどい災害だったようだが、その様子は随分遅れて報道される始末であった。

 台風が襲来した丁度その日に、内閣の組閣替えがあり、政府はそれにかかりきりで台風どころではなく、すぐに対応する姿勢ではなかったようで、マスコミもそれにつられて、台風の報道が遅れたのではなかろうか。

 政府が組閣に夢中で台風対策が遅れたことは、以前にも災害の最中に、自分たちの飲み会をやっていたことでもわかるように、国民のことより自分たちを優先させる従来からの延長線上のものである。

 それは兎も角、それより注目すべきことは、最近の台風や豪雨の災害で明らかになったこととして、国土の荒廃の兆しである。台風ごとに映し出される映像を見ると、いつも大量の山林の木が流され、川や道を塞いでいることである。今回も多くの山の木々が倒れ、それが電柱や電線を押しつぶし、停電の元になっていることである。頑丈で簡単に倒れそうには見えない送電用の鉄塔や、ゴルフ場の鉄塔までが倒れているのも老朽化のためであろうか。

 台風などの自然災害は社会の弱点を暴き出してくれるようである。林業が廃れて、放置されて荒れている山が多いのが、大量の倒木と、それによる二次災害の原因であろうし、高度成長時代に建設された大量の諸施設がそろそろ耐用年数が過ぎて老朽化していく頃になるが、それに対する対応が遅れていることが送電塔の崩壊などに繋がっているのではなかろうか。

 1960年ごろだったか、一足先にアメリカでも高速道路や橋の老朽化が問題になったことがあったのを思い出す。新しいAIなどの産業の発展や政治、外交など表面的に目立ちやすい施策も必要であるが、少子高齢化、人口減少に伴う地方の過疎化や、国土の基盤となる構築物などの荒廃にも手を打たねばならないことを災害は教えてくれているようである。