「おはよう」の押し売り

 他のところでも書いたように、私はここ十年ばかり、月に一度は女房と一緒に箕面の滝まで歩くようにしている。阪急の箕面駅から滝まで往復5.8キロ、渓流沿いの道で、春は新緑、秋は紅葉を愛でながら行き、滝を眺めて帰って来るととても気持ちが良い。

 たいてい箕面線の一番電車で行くが、地元の人が多いので、こちらが行く頃には早くも降りてくる人もいる。最近では走っている人も増えたようだし、滝の上にある政の茶屋にサイクリングのチェックポイントがあるので、自転車で上がって行く人もいる。

 最近は減ったが、猿の群れに遇うこともあるし、山の上に鹿がいるのを見ることが出来ることもある。何の鳥か、遠方の枝に止まった鳥を望遠レンズで観察している人がいたりもする。

 大抵は一番電車が箕面駅に着くのが5時10分頃なので、そこから出発して滝まで往復して6時14分の電車に間に合うように降りてくるので、かなりの速度で登り降りしていることになる。

 年をとるごとに次第に歩く速度は落ちてはいるが、まだまだ連れ立って登っているような人達を何組か追い越して行くことになる。朝の山道はさっさと歩いた方が気持ちが良い。森の緑や谷川のせせらぎの音、鳥の鳴き声など自然に包まれて歩ける幸せさえ感じる。

 その上人知れぬ深山と違い、所々で人に出会うのもよい。山道などは一人で歩くのも悪くはないが、少しは人気があって、出会う度ごとに人懐っこくお互いに挨拶を交わすのもまた楽しい。いつからか、出会った人には必ず誰にでも「おはようございます」と挨拶をすることに決めている。

 大抵は向こうからも「おはようございます」と返事が返ってきて、こちらも気分が良くなるものであるが、世の中には色々な人がいることもわかる。すぐに喜んだ声が返って来ることもあるが、中には仕方がなさそうに返事をする人もいる。「おす」とか何とか口籠もったまま通り過ぎる人もいる。

 だいたい女の人は挨拶は返さなければと思う人が多く、返事をされるのが普通だが、若い男性では、日頃から挨拶に慣れていない人もいるのか、挨拶をしても黙って通り過ぎる人もいる。人によっては、道ですれ違った人にいちいち挨拶するのを煩わしく思う人もいるのではなかろうか。

 返事はいろいろだが、こちらは滝道の公園の範囲内では、走っている人や自転車の人は別として、滝に向かって登り降り、歩いている人には、すべての人に例外なく「おはようございます」と挨拶の言葉をかけることにしている。挨拶することによってこちらの心も解放されるので、自分のためにしているのである。

 あまり律儀に声をかけるので、女房に「挨拶の押し売り」だと言われたこともあるが、「おはようございます」と言われて怒る人もいないだろうし、声を出すことがこちらにとっても気持ちが良いので止められない。

 アメリカから来た孫たちも、一緒に滝まで行ったことがあるが、おはようはOHIOと同じと言ったらすぐに覚え、一緒におはようございますと挨拶していたことがあった。

 朝早くの滝道は何回行っても気持ちの良いものである。遠方にお住まいでなければ、是非一度早起きをして試して見られてはどうだろうか。