瓦屋根の家が減った

 昔、母が歳をとってから何処かへ汽車や電車で旅行したりするごとに、車窓から外を見て「藁屋根の家が減ったね」と繰り返していた。それがいつ頃のことであったろうか。私の記憶でも戦前は田舎へ行けば何処へ行っても藁屋根の家が続いていたものだが、戦後になって経済の高度成長とともに急速に姿を消していったような気がする。

 ところが最近では、今度は瓦葺の家がどんどん減っているようである。都会ではマンションや事務所など、新しく建てられるのは四角いビルばかりだし、住宅街でも最近の建物は三角屋根であってもほとんどがスレート引きのような軽量の屋根で、瓦を乗せた重量感のある屋根や建物はほとんど見られなくなった。

 私の子供の頃の記憶では、東海道線で東京へ行く途中、熱海を過ぎると車窓からの景色が変わり、瓦屋根の家が少なくなって、スレート引きのような、軽い感じの家が多く見られるようになり、あれは関東大震災の影響だと教えられたものであった。

 その時は震災後に急いで建てられたいわば一時しのぎの建物のような気がしていたが、おそらく重い瓦を乗せた古来の日本式の建物は屋根の瓦が重いため地震に弱かったので、その教訓からむしろ積極的に軽いスレート屋根にしたのであったのかもしれない。

 神戸の震災の時を見ても、昔からの重い瓦を乗せ、それを柱で支える構造の日本家屋の倒壊が多く、私の先輩も純和風の大きな屋敷に住んでいたが、この地震で倒壊しその犠牲になってしまわれた。その経験から、それ以後新たに建てられる家はほとんど瓦を載せることがなくなり、瓦の産地であった淡路島の経済に大きな打撃を与えてことがニュースになっていた。

 私の子供の頃が瓦屋根の全盛時代だったのではなかろうか。学校の唱歌でも五月の節句の歌に「甍の波と雲の波・・・高く泳ぐや鯉のぼり」というのがあったし、中学校の頃、通学で毎日乗っていた城東線(現在の環状線)から東の方を見ると、遥かな生駒山までどこまでも瓦の屋根が海のように続き、その間の所々のコンクリートの白い学校など浮かんで見える景色が特徴的であったことを覚えている。

 それがもう今ではどこを見ても、瓦葺の家は新しい家並みの間にわずかに残っている古くからの家だけのようになり、それすら老朽化が進んで次々に壊され、新しい家に変わっていくようで、瓦屋根はますます減少していくばかりである。

 何処かへ行く時に新幹線などの車窓から眺めて、改めて瓦屋根の減少を確かめる度に、母の言い草を思い出し、一世代経てば「藁屋根が減ったね」が「瓦屋根が減ったね」に変わるのだなと思わされるとともに、それなら次の世代になると、今度はすでに始まっているようだが、「三角屋根が減ったね」とでも言うことのなるのかも知れないと思う。

 事実、都会ではオフイスやマンションのビルばかりが増え、従来からの三角屋根を乗せた建物は次第に減り、ビルの陰に隠れてしまって来ている。この傾向が続けば、次の世代には日本の都会では本当に三角の屋根が少なくなってしまって、四角いビルばかりの時代がやってくるのかも知れない。

 私もいつまで生きられるかわからないが、周囲の風景もどんどん変わって行くのを感じさせられている。