金沢の21世紀美術館へ行った時のことであった。男子用トイレで用を足していたら後から入ってきた人が隣の便器の上に「コーヒーカップを置いて用を足し出した。
一瞬びっくりさせられた。ここは病院だったかなという思いに駆られた。病院のトイレでは検尿のためにトイレの上に紙コップを置いて尿の採取に備える人がいるので、そんな気がしたのであった。私が医者なのでそう思ったのかもしれないが、てっきり採尿用の紙コップのような気がしたのだった。
だが考えてみるとここは美術館である。そう思って見直してみると採尿用の紙コップではなく、館内のコーヒーショップでのテイクアウト用の白いプラスチックのコップで、ちゃんと蓋までしてある。こちらは目が悪いので、いくらか薄暗いトイレの中では一見しただけでははっきりしなかったための錯覚であった。
しかし、いくらなんでもトイレとコーヒーカップはあまり相性の良い組み合わせとは言えない。昔の日本人なら「口にするものと排泄するものを一緒くたにするなど滅相もない」というところではなかろうか。世の中は変わったものである。
1960年頃アメリカにいた時、スポーツで汚れたシャツと運動靴を一緒に洗濯機に入れて洗うのを見てびっくりしたり、長旅の旅行者が列車の中で平気で床に座り込んだりするのを見て驚かされたものだが、今では日本人の清潔感もだいぶ変わってきたようである。
昔は日本人は上の物と下の物を区別したものである。鞄などの持ち物を地面に直に置くことはなかったが、今では電車の中などで高校生らにとっては大きな鞄などは床に置くのが普通のようである。
それでもまだまだ昔の名残は残っている。女性などは電車の中でショッピングバッグなどを床に置くことを嫌って座席に置く人が多いし、駅のホームなどでは荷物を椅子に置いて自分は立っている人を見かける。駅の待合椅子に荷物用のスペースが拵えてあるのも日本ぐらいではなかろうか。
日本人の生活スタイルが変わってきた上、生活空間全体が綺麗になったことなども関係して、上と下との区別が曖昧になってきたこともあり、人々の意識も変わってきた結果が上記の便器の上のコーヒーカップというのにもさして抵抗感がなくなったのではなかろうか。
最近はどこでもトイレが清潔になり綺麗になったので、便器の上にカップを置いても決して不衛生であるとか汚いものではなかろう。21世紀美術館は時々興味深い催しをしてくれるので好きな美術館のひとつであるが、この時には思わぬ経験をさせてもらって一層印象深いこととなった。