先制攻撃をしても軍隊は持たない?国

日本国憲法を一度読んでみて下さい。それがどんな経緯で作られたものであるにしろ、この憲法に書かれたことは、国民と政府の約束の根幹なのである。ここに書かれてあることに従って、国民は政府に政治を行なってくれと言っているわけなのである。 ところが上…

映画「福田村事件」

最近、関東大震災から100年というので、新聞でも取り上げられた地震直後の朝鮮人虐殺事件の時に、たまたま香川県から千葉へ来ていた行商の集団が、朝鮮人と間違えられて何人も殺された悲惨な事件の映画である。 関東大震災の後の混乱の中で、「朝鮮人が井戸…

九十五歳の夏

今年の夏に私は九十五歳の誕生日を迎えた。私の一生は天皇制の大日本帝国で始まり、十七歳で敗戦による全ての崩壊と消失を経験し、その後はアメリカの従属国家として、国民よりアメリカ優先の政府の下で、78年も暮らして来たことになる。 最早、地球も人新世…

哀れな小学校教員

新聞を見ていたら「購入費めぐり不正、少学教頭を免職、大阪市教委」という小さな記事が偶然目に止まった。「市立の小学校の男性教頭(43)が図書室用の椅子を購入する際、自宅用のベッドパッドとステップチェアも納入業者に買わせ、代金を大阪市に請求する…

映画「こんにちは母さん」

山田洋次監督の映画「こんにちは母さん」を見た。下町の長年続いて来た足袋屋の寡婦の吉永小百合が「母さん」で、昔ながらに鍵もかけない古い店に一人で住んでいるが、近所に住むボランティア仲間らが勝手に上がり込むような生活の中で、教会の牧師などと一…

夏は出張った腹が見だつ

街の広場で何かの催しで、店が出て人が集まっていた。何ということもなく、通りがかりに眺めていると、中にそれほど太ってもいないのに、腹だけが出張っている中年の男が目についた。Tシャツの腹の部分だけが妊娠した女性のように異様に突出しているのである…

アメリカのCNBCに載った私の生活

8月8日のブログで「95歳の動画が大人気」というタイトルで、9月9日には「世界の人に見られた95歳の日常生活」と題して、孫が私の普通の日常生活をビデオで撮ってTiktokに投稿した動画が馬鹿ウケしたことを載せたが、アメリカの視聴者が多いからか、アメ…

美術館は危険?

歳をとると人によっても異なるが、一般に転倒しやすくなるものである。 私はこれまで何回転んだことであろうか。もう数えきれない。70代後半頃からであろうか。思わぬ所で転ぶのである。杖をついていても転ぶものである。私はいつもセカセカと早足で上半身…

劣化したのか日本政府

最近の日本の凋落ぶりは見るのも嫌なぐらいである。 あの惨めな敗戦の後、日本中に焼けのが原が広がり、闇市、飢えと貧困、三等国だの、日本人は12歳だなどと馬鹿にされ、もう日本もおしまいかとまで思われかけたが、アメリカ追随のおかげ(?)で、朝鮮戦争…

世界の人に見られた95歳の日常生活

この7月に孫たちが久し振りにアメリカからやって来た折に、孫が私の95歳の誕生日を祝うとともに、私の日常生活をビデオで取りたいというので、孫も成長したものだと思い、安請け合いし、内輪のことだとばかりに思って、孫の言うように、朝の散歩や体操、パ…

トライウオーカーの奨め

90歳も過ぎると歩くのが遅くなり疲れやすくなるのは仕方のないことだろうか。 若い頃からよく歩いていた私も、歩いていても女性や、子供にも追い抜かれるようななるし、昔なら何でもなかった距離を行くにも疲れやすくなり、途中で休まねばならないことが多く…

野壺(肥溜め)

便壺、肥壺、野壺、肥溜めなどといっても今の若い人々には分からないかも知れない。 便壺といえば水洗便所が一般に普及する以前のトイレの便を受ける壺のことである。水洗便所になる前は、この便壺に溜まった便は、定期的に近在の農家の人が、天秤棒で担いだ…

銀飯〜銀シャリ

もう「銀飯〜銀シャリ」などと言った言葉は死語になっているのであろうか。「銀飯」とは何のことはない。炊き上げられた白米の艶々した外観からきたもので、単なる白米のおにぎりなどを差したものである。 私にはこの銀飯をめぐる忘れられない思い出がある。…

関東大震災

東日本大震災が起こってからもう12年経つが、福島原発爆発の後始末は未だにつかず、壊れた原子炉内の核物質はそのままだし、それを処理するために使われた汚染水は溜まりに溜まって工場敷地内に充満し、致し方なく海に放出することとなり、その善悪が議論に…

ミミズの地獄

いつだったか舗装された郊外の道を歩いていたら、アスファルトの路面に何匹とも知れない多数のミミズがそこらに散らばって死んでいるのを見たことがあった。その時は、ミミズの世界に何事が起こったのだろうと不思議に思いながらも、深く考えることもなく、…

サラリーマンの夏の制服

何年か前に我が家の近くに500戸ぐらいはありそうな大きなマンションが出来た。そのおかげで北側の部屋の窓からいつも見えていた五月山の風景がすっかり見えなくなってしまったのが残念であるが、それはとにかく、毎日の朝5時過ぎの散歩の時に、そのマンショ…

原発の処理水放出はやり直すべきだ

福島原発事故による処理汚染水の海洋放出について、日本政府はどうして全魚連などに対して理解し納得してもらう十分な努力をしてこなかったのであろうか。風評被害の補償さえすれば良いというものではない。 先に書いたように、全漁連などの漁業者とは「関係…

原発処理水の放出、政府は約束を守れ!

8月24日の朝日新聞によれば、「処理水放出24日にも」という大きな見出しの下に、「一定の理解と首相ら判断」「全漁連会長らと面会、きょう正式決定」と書かれている、しかし、そのすぐ後には『漁業者は懸念「反対変わらぬ」』と出ているではないか。 ど…

忘れてならない戦争の記憶は被害よりも加害

戦争といえば、アメリカとの太平洋戦争のことばかりが言われる。圧倒的な国力の差で初戦を除き、日本は一方的に大打撃を受けて敗れたので、戦争の記憶といえば、玉砕や転進、悲劇の沖縄戦、東京や大阪をはじめとする都市の空襲、広島、長崎の原爆など、被害…

戦争の話をした人、しなかった人

今振り返ってみると、私は1928年生まれなので、1930年から始まった満州事変、上海事変から支那事変(日中戦争)それに続く大東亜戦争(太平洋戦争)と、1945年に17歳で海軍兵学校生徒として敗戦になるまで、殆ど戦争の中で育って来たことになろ。 まるで当時…

国破れて山河あり

敗戦によって海軍兵学校はなくなり、大阪へ帰ってきた。 国のため、天皇のために死のうと覚悟していたのに、その国がなくなり、大日本帝国に純粋培養されて育ったような私にとては、敗戦は単に戦争に負けたことだけではなかった。それまでの私が生きる根拠と…

8月15日は敗戦の日

1945年8月15日は雲ひとつない暑い夏の日だった。 もうその頃は、日本国中が空襲によって殆ど灰燼に帰し、国民の食料もままならず、当時私は海軍兵学校の生徒であったが、帝国海軍の軍艦はほとんど全滅し、日本の空の制空権も奪われ、本土決戦を覚悟しなけれ…

熱中症警戒アラーム中の高校野球

今年もまた夏の甲子園の全国高校野選手権大会が始まり、連日テレビで中継している。今年で第105回と書いてあるが、この大会は戦前の中学校の大会から続いている伝統的な大会である。しかし、近年のように異常とも言える高温が続いているのを見ると、ここらで…

原爆は平和な街に落とされたのではない

広島、長崎への原爆投下の8月6日や9日を迎えて、原爆投下に対する非難の声が強くなっているが、折角、広島で行われたG7 の会合では、広島出身の岸田総理が議長でありながら、原爆の抑止力としての存在を認め、原爆禁止の世界の潮流にさえ乗れなかった日本政…

十代の遺書

南千里の吹田図書館のあるビルの八階に、吹田市立平和記念資料館があり、そこの催しで原爆被害の絵の展示などをやっているというので行ってきた。以前に北千里に長らく住んでいたので、南千里あたりも懐かしい所であるが、もう長らく南千里駅で降りたことも…

95歳の動画が大人気

7月に孫たちが久し振りにやって来て、私の95歳の誕生日を祝ってってくれた.その時に「95歳の祖父の毎朝」”My 95yr old Japanese Grandpa Morning Routine”と「95歳の祖父のある日」”A Day in the Life of My 95 Y .o. Japanese Grandpa”というショートムー…

この目で見た広島の原爆投下

また8月6日の広島への原爆投下の日がやってくる。もう実際に原爆投下の惨状を我が目で見た人は少なくなってしまっているであろうから、生き証人としての私には、生きている限り、それを伝える義務があるように思われる。 これまで何度も触れたことがあるし、…

自発的従属論(2021.02.12)再録

「自発的従属論 エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ著 ちくま学芸文庫(ラ11・1)」という本を読んだ。著者は16世紀中頃、フランスのボルドーの高等法院に勤め、30歳代に夭折している人物である。モンテーニュが親しい友人であったので、著者の死後、この著書…

国民よりアメリカ優先の日本政府

上は2023.07.25.朝日新聞「天声人語」の記事である。日本の防衛省は一体日本の国のためにあるのか、アメリカに忠実に仕えるためのものか疑わねばならなくなるような態度である。 これはおそらく防衛省に限った問題でなく、他の省庁などにも共通した現代の日…

また8月がやってきた

今日は7月31日。今年もまた8月がやってきた。以前にも8月は特別の月だということを書いたことがあるが、毎年同じことの繰り返しにしても、私にとっては、8月はやはり特別な月である。 もともと子供の時から、8月は夏休みで学校を離れ、海水浴やお祭り、花火…