我が家の蝉の変遷

 毎年夏には蝉の声が欠かせない。私が子供の頃は夏になると、まず初めに「にいにい蝉」が鳴き始め、そのうちに「油蝉」が全盛の時代になり、夏が進むにつれて「クマ蝉」や「ミンミン蝉」も混ざるようになり、お盆が過ぎると「法師蝉」の「ツクツクホーシ」の鳴き声が聞かれるようになり、夏の終わりが告げられるという印象であった。

 「にいにい蝉」は少し体が小さく、木の幹の下の方に留まることが多いので、素手でも捕まえ易かったが、少し小型で灰色がかり、斑点状の羽をして、鳴き声もあまり魅力的でなく、いつも「油蝉」のお供え物のような感じで、「油蝉」が出てくると、関心はそちらに移って行くのが普通であった。

 その頃は庭の蝉といえば「油蝉」が殆どで、「クマ蝉」や「みんみん蝉」は少なく、子供の蝉取りの収穫では、「油蝉」が普通で、「クマ蝉」や「みんみん蝉」を捕まえると自慢したものであった。これらは「油蝉」と違って羽が透明で肢体が美しいので、ひとクラス上に数えられていた。

 子供の頃のそのような印象から、毎年庭で鳴いている蝉は今でも「油蝉」が大部分だとばかり思っていたら、今年の夏に気が付いたのだが、いつの間にか「油蝉」が減って、「クマ蝉」がやたらと多くなった感じで驚かされた。玄関先や庭に落ちた蝉を見ても「クマ蝉」ばかりで、「油蝉」を見かけないことに驚かされた。以来注意して見ていてもやはり、昔あれほどいた「油蝉」が減って、「クマ蝉」が増えていることは間違いがないようである。

 それに最近は「にいにい蝉」をすっかり見なくなってしまった。注意して見ているわけではないので詳しいことは分からないが、私自身はもう長く「にいにい蝉」を見ていない。

 さらに今年は「ツクツクボーシ」の鳴き声が聞かれたのが、たった1日だけだったことにも驚かされた。例年、「法師蝉」が鳴き出すのを聞くと、もう夏も終わりかと、何か急き立てられるような気持ちにさせられたものだったが、「法師蝉」の鳴き声を一度しか聞かないのは何だか気が抜けたようで寂しかった。

 「みんみん蝉」も今年は減ったようで家ではあまり聞かなかったような気がする。ただ、昨日、箕面の滝まで行ったが、滝道では「みんみん蝉」も「法師蝉」も「ひぐらし」までが沢山鳴いており、何だか安心した。「みんみん蝉」や「ひぐらし」はもともと山の蝉のようである。

 いつも蝉の鳴き声に気をつけているわけではないが、ふと振り返ってみると、蝉の生態にも変遷があるようである。「クマ蝉」はもともと熱帯地方の由来のものだが、地球温暖化の影響なのか、最近日本では北の方まで増えているということが何かに書かれていた。それに押されて「油蝉」や「にいにい蝉」が少なくなったのであろうか。

 蝉の生態を積極的に調べたわけではないので、どれだけ正確かはわからないが、印象では確かに我が家の界隈の蝉の生態は昔とは変わって来ているようである。地球の自然の変化や、人類の行動や文化の変化とともに、昆虫たちの世界にも静かな変化が進んでいるのであろう。

 昔は箕面の山は昆虫の宝庫とも言えるぐらい、色々な種類の蝶やとんぼ・蝉や兜虫などが豊富で、箕面の駅前では電車が着く毎に「昆虫採集の人は集まりください」というメガホンの声が響いていた時代もあったのだが、今では箕面の昆虫といっても、昆虫館の標本や飼育されている蝶々ぐらいになってしまっているのが寂しい。

 その変化を見れば、我が家の周辺の蝉の生態の変化も当然のことで、時代の移り変わりを感じざるを得ない。