宝塚のゴルゴダの丘

 阪急の宝塚線売布神社という駅がある。駅のすぐ横のビルに宝塚市が関係している映画館があり、時々面白い映画が上映されることがあるので、訪れることがある。そのため近在についても多少土地勘があり、たまに散歩したりしたこともある。

 その映画館とは線路を挟んで反対側を、駅から山手に少し行くと右側に大きな池があり、左側は大きな森のようになっており、裏山に続いているように見える。しかし、池と森の間に道があり、そこを進むと池の向こうはその山を回り込むようにして、住宅地がずっと奥の方まで広がっている。

 以前からそこらを通るたびに、この取り残された森のような所が気になっていたが、ある時覗いて見ると、池から少し離れた所に二本の背の高い石柱が立った門があった。門の中は木に覆われた広場になっており、奥の方に真っ白なキリスト像が立っており、右側に緩い勾配で登っていく通路が見えた。どうもキリスト教関係の施設らしい。よく見ると「宝塚黙想の家」と書かれた板の看板が見えた。

 そしてある時、駅名が売布神社なので、神社がどこにあるのだろうか確かめようと、この森に沿った道を池とは反対の方向に行ったことがあった。森に沿って西側に曲がって少し進むと、洋風の立派な門があり、その中に洋館建の立派な建物が並んでおり、「女子御受難修道会」という表札が掛かっていた。キリスト教のいずれかの宗派の格式のある修道院であることがわかった。売布神社はその道をもう少し行ったところに看板があり、そこから階段を上ったところにあった。

 そこまで知ったのはもう大分以前のことである。以来いつの間にか長い年月が経ってしまっていた。キリスト教には縁がないし、近くを通ってもただ通り過ぎるだけであった。

 ところが最近になって、女房が誰かに教えてもらったのか、何かで知ったのか、そこの庭が立派で、断ればただで見学させてくれるというので、暖かくなった先日の午後、散歩を兼ねてそこへ行ってみた。

 門を入って右手に外縁に沿った通路を登って行くと、曲がった先に少し広くなった所に出て、和風の建物があった。呼び鈴ををして案内を請うと、すぐに庭の見学を許してもらえた。

 先ずは、建物に沿って南側に行くと、建物の前はやや広い芝生の庭になっており、その端から下方へ下がる石段があり、一段下がった低い所が樹木に覆われた庭園になっていた。小さな滝を模した石組や、せせらぎを思わせる造りが施されており、水は流れていなかったが、谷を模した造作になっており、少し進むと池のようになった所もあった。多少荒れていて、やや整備不足の感じの庭であったが、ひとあたり進むと、少し水の流れている所もあり、それを渡って、はじめの芝生の反対側の方へ上がった。

 建物は修理中であったが、なかなか立派な昔の御殿風の作りであった。建物の前を通り越してもう少し進むといくらか植え込みがあり、その向こうはまた別世界で、広い芝生の広場になっており、奥に鉄筋建ての洋風の修道院の建物が並んでいた。野外の催しにでも使えるようにか椅子やテーブルなども置かれいた。修道院と一体になった敷地であることがわかった。

 これで一応庭のすべてかと思ったが、ふと見ると広場の横から横の山に登って行く階段が見える。どこへ行くのかなと思い、少し躊躇したが好奇心が勝って、その道を登り始めた。道はどんどん山の中に入って行き、やがて御殿風の建物の屋根を見下ろすぐらいまで登り、さらに奥へ奥へと続いている。本当の山の中に紛れ込んだような感じがしてきた。

 ところが行く先に所々に少し広くなった場所があり、そこにそれぞれに違ったキリストの磔刑をめぐる場面を継時的に描いた板のレリーフが立っている。その時は知らなかったが後で調べてみると、山を一回りすると、死刑の宣告を受ける場面から始まって、磔刑に処せられ、三日後に復活するまでの15枚のレリーフを巡るように作られており、これを十字架の道行と言うらしい。ゴルゴダの丘をイメージしているのか、キリストに心を寄せながら、静かに巡礼を行えるようになっているらしい。

 人は誰もいないし、天気も良く、女房と二人だけで静かな山を独占したようで気持ちが良かった。五月山を散策しているような気分であった。山の頂上辺りには見晴らしの良いところもあり、所々にはベンチまで置いてあったので、ゆっくり休んでから山を降りた。

 ふと思いだしたのは、四国八十八ヶ所の札所巡りのことだった。四国ではあちこちの小さな山などに、所々に置かれた石仏を巡るような小径があり、小四国八十八所巡りが出来るようになっている所があるが、ここの十字架道行きもそれに似ている。キリスト教の本来の伝統に従って作られたものか、あるいは案外、日本に来て、八十八所札所巡りのアイディアを取り入れて、このようなものを作ったのかも知れないなどと考えた。

 何れにしても一回り30分ぐらいであったであろうか。こんなところで都会の喧騒を離れて、ゆっくりと山道の散策が出来るのは有難いことである。周辺は今もどんどんマンションが建ったりして開発が進むが、ここはいつまでも現状を維持してもらい、外来者も受け入れ楽しませてもらいたいものだと思った。