田中慎弥著「孤独論」より

 芥川賞受賞者の田中慎弥の「孤独論 逃げよ、生きよ」という本を読んだ。著者は高校卒業以来、大学受験に失敗してから15年間も自宅に引きこもっていたという経歴の持ち主で、その経験を踏まえて、主として若い人たちに本人なりの生き方を説いた本である。

 本の内容の趣旨は、大勢に流されて自主性のない奴隷のような行き方をせず、孤独になって自分の人生を考え、自分なりに生きよ、というものであり、特別に新たな思想や方策を説くものではないが、一箇所興味のある書き方の所があった。

 そこには「現状に満足するあまり、社会に順応しすぎるのはどうかと思います。順応しているつもりが、気づけば馴致されていた、という事態は往々にして起こり得ますし、それが奴隷化のメカニズムのひとつであることは第一章で述べた通りです。いくら順風漫帆であっても、内面に孤独をいくらか確保しておくのは、奴隷にならずに生き抜くうえで大切なことです」と書かれている。

 これを読んでふと思ったのは、日本の現状についてである。戦後、アメリカに占領されて以来、未だに独立出来ず、アメリカの属國になったまま、今日まで七十年以上もそこから抜け出せないでいるが、その間に朝鮮戦争ベトナム戦争などで、アメリカのおかげで経済は発展し、人々の暮らしむきもよくなり、いつしか属國であることも忘れるぐらいに現状に順応し、馴致されてしまっている事実である。

 現状に慣れてしまい、それで表面的には生活が成り立っているものだから、それが奴隷化のメカニズムに巻き込まれていることにも気がつかなず、せめて内面に独自の孤独、すなわち独立を堅持しておかねばならないことさえ忘れ、奴隷になっていることに気がつかないまま、アメリカへの隷属を続けている日本の現状を示唆しているように読めて仕方がなかった。

 現状がすぐには改められなくとも、人々が奴隷根性に陥ることなく、内にしっかりとした独立心を持って、将来に備えることを忘れないでいて欲しいものである。