誰もが東京五輪を目指すわけではない。

 

 あるマラソンの選手が三十歳になるので、出来るところまでは続けたいが、歳からいっても東京オリンピックまでは無理だろうから適当なところで引退しようかと思って、その旨を長距離マラソン強化プロジェクトチームの陸上競技連盟の理事に告げたところ、当然のことながら、何とかオリンピックまではやって欲しいと強く言われたそうである。

 今の日本のスポーツ界では全てがオリンピッックを目標に突っ走っているように見える。ところが個々の選手にとっては、年齢も体力もいろいろで、全ての人がオリンピックの時と自己のベストの条件とを一致させられるかどうかはわからない。

 それに誰にとってもスポーツがその人の人生の全てでないし、本来人とスポーツの関わり方は人それぞれであり、本人の好みによって楽しみ方も違ってくるものである。オリンピックは各自がその楽しみ方の一部を主体的に捉える機会に過ぎない。

 その人も「誰もが東京五輪のためにスポーツをやっているわけではありません」と言って断ったそうである。その人は、「今や皆が皆オリンピックが目標と言わねばならない雰囲気が嫌で、まるで戦争中みたいだ」と言い、東京五輪目標の大義から少しでも脇道へそれたら「お前らは非国民」みたいな雰囲気だとこぼしていたそうである。

 SNS から拾った話なので詳しいことは分からないが、これまでの日本のスポーツ界の動向や政府の東京オリンピックへの異常なまでの肩の入れようを見ていると、充分ありうる話である。

 本来オリンピックは個人が楽しむスポーツの大会であって、それを機会に世界中の人がスポーツを介して友好を深めるためのものであり、勝つことが目的ではなく、ましてや国が音頭をとって国威発揚に利用したり、商業主義に走って商売のネタにするためのものではない。

 オリンピックについては今後いろいろな面でますますやかましくなるであろうから、その時々で触れることになるであろうが、ナチスがオリンピックを国威発揚に利用したような真似はやめて欲しいものである。

追記:こう書いてUPしたのだが、その後、8月7日のあるSNSを見ていると、次のような記事が出ていた。椎名林檎という、リオ五輪の閉会式のフラッグハンドオーバーセレモニーの企画演出・音楽監督を務めた人が、東京オリンピックについて、何処かで「国民全員が組織委員会」「国内全メディア、全企業が、今の日本のために仲良く取り組んでくださることを切に祈っています」と国民に協力を呼びかけたそうだが、それに対する、オリンピックの選手であった有森選手の発言が載っていた。

「アスリートファーストと言いながら、全てがオリンピックファーストで、オリンピックだからいいだろう、だからこう決めるのだと、あまりに横柄で、社会とずれる感覚でことが進められている。昔からオリンピックに政治は関わらないと言われるが、そんなことを信じる人はいない。お金とか、政治力とか、どんな人が関わっているとか、本当に裏は汚い。スポーツも文化もすべて社会で人間がきちんと楽しく、平和に健康でいるための手段のひとつであり、まず“社会ファースト”であるべきだ。」と主張している旨であった。

 このSNSでは「オリンピックに対する批判が言いにくい空気の中、当のアスリート側からこのような批判が出てくるのは意外なようにも感じる。」と締めくくっていた。