ストローベリームーン

 一昨日夕方の会合に出た帰り道、駅を降りて家路へ向かう途中の曲がり角で、ふと横を見上げると丁度満月が昇って来たところである。この季節は例年梅雨のためか、あまり月を見上げた覚えがないが、幸い梅雨の中休みで晴れていて、時間も丁度良かったのであろう。素晴らしい満月であった。

 満月といえば中秋の名月がすぐ思い浮かぶが、六月の月は秋の透き通った空に凛として輝く神々しいとさえいえそうな月と違って、それより少し大きく、いくらかソフトな感じで赤みを帯びた月がゆったりと空に浮いているとでもいった馴染みやすい感じのする月である。

 角を曲がって月を背中に歩くことになったので、家の筋でもう一度曲がる時にどうしてももう一度満月を見たくなり、思わずその角で立ち止まり、振り返ってしばらく月を眺めた。後ろから歩いて来た人が、こちらが急に振り返って立ち止まったので、一体どうしたのかと怪訝に思って通り越していった。

 それでもこの素晴らしい満月は再度見るだけの値打ちは十分感じられた。以前にもおそらく一度や二度は見たことがあったであろうが、六月の満月の美しさを改めて認識させられた。

 この夏至の頃の満月はストローベリームーンと言われ、ネイティブアメリカン以来の言い伝えで、この満月を見ると幸運が来るとか願いが叶うとか言われているそうである。この頃の月は軌道が低く、そのため大きく柔らかく見えるばかりでなく、赤みを帯びるので、本来六月ごろが収穫期のいちごに合わせてそう言われるのだそうである。

 それにしても、中秋の名月は古来よりこの国では歌にも詠まれ皆に親しまれているのにこのストローベリームーンはどうして日本ではあまり馴染みが薄いのであろうか。水無月の月の文芸作品などあまり知らない。

 梅雨と重なり出くわす機会が少ない上に、農繁期で昼は忙しく、夜には疲れてゆっくり空を見上げる暇もなかったことが関係しているのかも知れないと勝手に考えたりもする。それでも偶然に新しく見直させてくれたストローベリームーンが中秋の名月とはまた一味違った美しい眺めを授けてくれたことに感謝しないではおれない。

   水無月の黄色い大きな月仰ぐ