ダグウッドとジャカランダ

 五月のロサンゼルス行きは丁度ジャカランダの季節であった。日本でも最近はこの花も少しは見られるようになって来たが、まだまだポピュラーにはなってはいない。

 日本では花といえば、春の梅や桜、桃などが最も有名であるが、私が若い頃アメリカへ行った時に発見して気に入ったのがダグウッドである。花がピンクで桜に似ているので親しみを覚え、たちまち好きになった。ボスの家の庭にあったダグウッドの木の満開だった姿が未だに忘れられない。

 このダグウッドは丁度桜が終わった頃に咲き始め、桜より長く咲くので、日本へ帰ったあと、今の家を建て替えた時に、シンボルとして庭にこれを植えた。当時はダグウッドは近隣ではまだあまりポピュラーでなく、成長とともに花がよく目立つようになると、隣家の人たちからも喜ばれるようになった。

 以来、我が家の春は、あちこちで桜の花見を済ませて来た後に、天気を見て庭に椅子やテーブルを広げて、このダグウッドの花見ということになっている。春の空気は気持ちが良いし、まだ木陰の蚊などもいないので、満開の花の下でビールを一杯グッと飲み干すのが最高の幸せとなる。

 最近でこそ日本でもダグウッドは珍しくなく、「花みづき」としてあちこちの庭に植えられているし、街路樹として並んでいるところもある。それとともに我が家のダグウッドも大分老木になって来たが、このダグウッドは昔日本から有名なポトマック川の桜を送った返礼として、アメリカから日本へ送られたのが始めだと言われている。

 これに対してジャカランダは私がアメリカにいた頃には、東海岸にいたせいもあったのか、見かけたこともなく全く知らなかった。もともと中南米の原産の木のようで、日本でも殆ど見かけたことがなく、外国旅行が盛んになった頃から、日本では南アフリカジャカランダが知られるようになり、それを見るためのツアーなどの広告を見たり、旅行した人からの話を聞くようになった。

 ところが娘がカリフォルニアに住むようになって、訪れた時にジャカランタに直接出会う機会が出来た。ただし、ジャカランダといえばまずは紫の美しい花ということになろうが、私の初めての出会いは花ではなくて実であった。まだ孫たちが小さかった頃、近くの公園で面白い木ノ実を見つけて持ち帰ったことがあった。

 木ノ実といっても扁平な反り返った皿状のものが二枚くっついたようなもので、おそらくその間に種があり、それが二枚の皿状の鞘に収まっていたといった形をしており、珍しいので何の木の実かわからな今まま持ち帰り、扁平な表面に人の顔などを描いてずっと保管してそのままになっていた。

 そんなこともすっかり忘れてしまっていた後に、それとは全く関係なく、5〜6年前であろうか、ちょうど五月の半ば頃に孫の高校の卒業式に行く機会があり、その時に初めて満開のジャカランダに遭遇してすっかり気に入ってしまった。かなりの大木が多く、日本では珍しい紫の花を木一杯に咲かせ、なかなか豪華な風合いがある。桐の花に色は似ているが、はるかに花が多く、桜のように花の咲く頃は葉がまだ少なくて木全体が紫色の染まる感じで、桜の薄い色より落ち着きがあり、堂々とした貫禄で、豪華な感じがする。

 あちこちの庭などにある大きなジャカランダの木は独特の色から遠くからでも目につきやすく人を惹きつけやすいが、そんな満開のジャカランダが街路樹となって並んでいる所などでは、まるで紫のトンネルである。ジャカランダは落ちた花もそのまま木の下に落ちるので大抵は木の上だけでなく、下の地面までが紫色に染まることになる。

 ロサンゼルスの五月はジャカランダの最盛期で、あちこちでジャカランダの紫色に出くわす。娘が住んでいる住宅地帯でも通りによってジャカランダのトンネルが見られるが、今回訪れたロサンゼルス郡美術館(LACMA)の前の通りもジャカランダの並木が続いていた。

 こうしてあちこちでジャカランダを見上げているうちにふと見ると花の下から二、三、褐色で固そうな実のようなものがぶら下がっているではないか。よく見るとまさに上に書いたジャカランダの実の殻ではないか。そこで初めて昔拾った実の殻がジャカランダのものであることがわかった。

 そうとすれば、私とジャカランダの出会いはずっと遡り、まだ孫が小さかった20年も前からの長い付き合いだったことがわかった次第で、一層親しみを感じるようになった。以前は花の咲く五月に訪れたことがなかったのでわからなかっただけだったのである。

 日本でも最近はジャカランダを観光の目玉にしようとして植樹して増やしている所もあるようなので、もう何年かすれば、日本でも馴染みの花になるのかも知れない。私の長い人生の中でのアメリカとの繋がりで身近になったダグウッドとジャカランダは色々な意味で私の人生に花を添えてくれたといっても良いだろう。

 この美しいジャカランダの花も、ダグウッドと同様に、日本でもあちこちで見られる日の来ることを願ってやまない。