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監視社会

 先日テレビのニュースで、どこかに家で犯罪があった後、警察が犯人を探し追求していった様子を聞いていて驚いた。犯行のあった家の写っている防犯カメラで、そこから立ち去る自転車を犯人の物かと疑い、自転車の行った方向の少し離れたところの監視カメラでその自転車を見つけ、更にその自転車の行った方向を追い、次々と同じようにして監視カメラで追って行き、遂にその自転車が止まり人が降りた処を確かめ、犯人を逮捕したということであった。

 最近は何か事件でもあると、必ずといってよいぐらい監視カメラの話が出てくるが、上のような話を聞くと、知らない間にもうすでにいたる所に監視カメラが張り巡らされていて、平素から市民の日常生活はすべて監視されていると言ってもよいようのではなかろうか。

 先日は警察が密かに怪しい車に GPSを取り付けて車の行くえを調べるのが合法化どうかなどの議論が裁判所で問題になっているようでもあり、知らないうちに車の走行も全て調べられているのかも知れない。

 また、これだけスマホやパソコンが流行り、クラウドなどで何もかも保存されるようになると、メールのアドレスさえ分かればその人がどんなことに関心があり、どんな人たちとどんなやり取りをしているのかすべた分かってしまうので、個人のプライバシーなどすべて破られてしまう。更にはマイナンバーシステムも確立されてきているので、その人の経済状態からその活動状況までいつでも調べることもできる。

 プライバシーの保護といっっても、民間人の間でのプライバシーの問題で、為政者がその気になれば、どの個人であろうが、すべての市民を監視し、その活動状況を把握すのは極めて容易になってきているのではなかろうか。

 こういう条件の揃ってきているところに「共謀罪」の疑いなどで絞り込みをかければ、政府の思いのままに、誰であろうと恣意的に市民を監視し、好ましくないものを排除したり罰したりするのに利用することも容易になるであろう。

 現在、国会でかって三回も廃案になった「共謀罪」が「テロ等準備罪」と名前を変えて提出され、議論されているが、もしこれが通れば、戦前の大日本帝国治安維持法の二の前どころか、遥かに容易に政府に都合の悪い人々を検挙することも可能になるであろう。まるでオーエンの小説「1984年」の世界になるのではなかろうか。空恐ろしい未来が待ち受けているような気さえする。