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言い換えは悪巧みの証拠

 昨年にはイギリスのブレグジットに絡んでPost-Truthという言葉が流行ったが、

今年はアメリカのトランプ大統領の就任式などに関してAlternative Factという言葉が拡がった。就任式の参加者がオバマ大統領の時より少なかったことが写真でも明らかだったのに、地下鉄の乗客数が多かったなどAlternative Factがあると政府の関係者が言って反論するようなこともあったようである。

 丁度、最近日本でも政府が都合の悪いことをまるで反対のような言葉で言いくるめてごまかそうという傾向がますます顕著になってきたことが気になっていたところなので、同じような傾向が世界的にも見られることに驚かされた。

 人は誰しも都合の悪い時には、嘘をついたり、都合の悪い言葉を言い換えて取り繕ったりする傾向があるものである。しかし、個人が嘘を言ったりするのは、時と場合によってまだ許せるが、政府や公の機関が公式に嘘を言うのは国民を欺き、自己の責任を放棄するもので許せない。

 とはいうものの、昔から政治家と嘘とはつきものだということは誰でも知っていることである。最近でも安倍首相は消費税引き上げと言っておきながら「新しい考え」で延期したり、「TPP絶対反対、ぶれない自民党」と言っておきながら、まだそのポスターが貼られているというのに、多くの人たちの反対を無視してTPPを結ぼうとするなど、個人の付き合いでは考えられない様なことも平気でするのが政治家である。

 そういえば、かっての大日本帝国は嘘の塊のようなもので、国民に嘘ばかりついて戦争に引っ張り込み、あの無残な敗戦により国民を塗炭の苦しみの中に突き落とした歴史を忘れるわけにはいかない。自らを「神の国」とし、「皇軍」は東洋平和のためと称し

て中国を侵略し、大本営発表で国民を欺き、戦争が不利になると退却を転進、全滅を玉砕と言い換え、敗戦なのに終戦とし、その後の日本国の為政者たちも占領軍を進駐軍と呼んでごまかし、憲法で軍隊が持てないので、軍隊を自衛隊とし、戦車は特車と呼んだりもした。

 こう言った嘘の言い換えは止まることを知らぬばかりか、最近になって再びひどくなってきたようである。再び戦争の匂いを平和でごまかし、戦争を含む武力行使を可能とする「積極的平和主義」が唱えられ、安保関連法案は「平和安全法制(国際平和支援法と平和安全法制整備法)」と呼ばれ、再三廃案になった共謀罪は「テロ等準備罪」と名前を変えてまたも国会に上程され、あくまでも悪名高い「治安維持法」の復活が狙われている。

 スーダンの現地での戦闘は憲法上は「戦闘」でなく「衝突」だそうで、オスプレイの墜落は不時着、兵器は防衛装備、武器の輸出は防衛装備移転と言われるのだそうである。言葉には色々な表現方法があっても良いが、普通の人が普通に喋ったり書いたりしている言葉とまるで反対のような言葉まで使うことはいたずらに人々を迷わすだけでなく、自らをも欺くことになるものである。

 政治や社会の言葉はできるだけ多くの人が同じ言葉を同じ意味合いで使うようにして、共通の認識を得ることが必要なものであるが、それをわざわざ反対のような言葉で言うことは人々を混乱させて理解を困難にして、為政者の目的を達しやすくしようとする姑息な企みと考えざるを得ない。

  どうも今の安倍政権はかっての大日本帝国に憧れているようである。戦争がまた廊下の隅にまでやってきそうな気配すら感じられ始めてきているこの頃である。