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池田の雪

 大阪では雪は一冬に一二回位しか降らない。雪の降る日は寒気が降りてきて特別に寒い頃なので、昔から同じ寒いのであれば雪でも積もってくれればと思うのだが、大抵は雪がちらついても長くは続かず、北側の屋根やトタン屋根が白くなるぐらいで、なかなか一面の雪景色というところまではいかない。時に夜に降ると朝窓を開けてみると雪の薄化粧が見られことがあっても、太陽が上がるとたちまち溶けてしまうぐらいのものである。

 そんな具合なので北国で毎冬積雪に悩まされている地方の方々には申し訳ない思いがするが、大阪あたりの人にとっては寒さは嫌だが、たまには雪が積もるのが待ち遠しい感じなのである。

 テレビで新潟や北陸の大雪で交通機関が止まったり、高速道路が閉鎖されたり、そうでなくても屋根の雪下ろしで転落したり、屋根から落ちた雪の下敷きになっったりして亡くなる人まで出るのを見たり聞いたりすると、雪の少ないところに住む人はありがたいことだと感謝しなければならないであろう。

 たとえ事故に遭わなくとも、屋根の雪下ろしや玄関から道路へ出るまでの通路や、車の屋根に積もった雪などは嫌でも取り除かないと生活ができなくなる。若い人がいる家は良いとしても、この頃のように老人だけの家が多くなったりすると大変であろう。独り住まいの老人も多いことだろうが、そんな人たちはどうしているのか、他人事ながら心配になる。

 そんなことを見聞きすると少々寒くても雪のないことは、ことに老人にとってはありがたいことであるとはわかってはいるが、雪のない大阪ではやはり年に一度や二度の雪は待ち遠しい。雪に覆われた非日常的な景色や、新雪に足跡を残しながら歩く気持ちよさ、雪道を踏みしめて歩く感触、雪だるまを作る楽しさなどは忘れ得ない。

 子供の頃はここらでも、今よりももっと雪が降っていたような気がする。等身大に近い雪だるまを作って火鉢に入れる木炭で目を作った記憶があるし、確か小学校三年生の時のことだったと思うが、吹雪のような校庭の雪の中をしもやけで膨れた手のまま走っていて、右手の指が左手の指の当たってしもやけが潰れ出血した後が今でもかすかに残っている。

 ところが最近はここらでは雪がほとんど降らなくなってしまった。今の家にもう30年ぐらい住んでいるが、曲がりなりにも雪だるまが出来たのは孫がまだ幼児の頃に来ていた時に一回作っただけである。その時には帽子を雪だるまにかぶせてやったからソコソコの大きさの雪だるまがつくれたはずである。

 それ以後は年に一、二度雪が降っても木の枝や塀の上に1〜2センチ積もるぐらい。せっかくの雪景色なのでその都度写真は撮っているが一時的な雪景色を越えたことはない。この冬も先日全国的な寒気の襲来で、2〜3日に渡って大雪のために死者も出るし、交通機関は乱れるし、北国は大変だったようだが、ここらでは一日朝起きたら微かな銀世界になっていたぐらい。

 ちょうど出かけなければならない用事があったので、レインシューズを履き、厚着をして出かけた。路面は1センチぐらいの積雪というぐらいだったろうか、近くの子供のある家が総出で道路のアスファルトの上に積もった雪をかき集めて雪だるまを作ろうとしていたが、大阪市内に着いてみると雪は全くなく青空が広がっていた。

 夕方近くに池田に帰った時には、こちらももう雪はとっくに溶けて路面がかすかに濡れているだけであった、子供のある家の雪だるまは果たして出来たのだろうか。どのぐらいの大きさのものができたのだろうか。通りがかりに見える範囲では何も見あたらなかった。

 寒さは嫌だが、たまには雪が積もって欲しいというのが老人の願望である。願望といっても、何によらず、願望なるものはこれまで裏切られてきたことが多いので、あまり真剣に願っているわけではないが、出来れば、窓から雪景色を眺めながら雪見酒でも楽しめたらと儚い夢を望んでいるだけである。