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経済成長は本当に必要なのか

 昨日(1月4日付)の朝日新聞は1〜2面にわたって「我々はどこから来てどこに向かうのか」の Vol.3 として「成長信仰」という特集を載せていた。

 そこにも書かれていたが、我々は経済成長が当たり前のように思って来たが、GDPなどで見てもそれが成長しだしたのは高々ここ200年ぐらいのことで、ごく近年になって経済成長が争われるようになったに過ぎない。この急成長が永久に続くわけはなく、地球の資源や環境のことを考えればいつかは限界がくることは明らかであろう。

 また、身近な日本の現状を見ると、ここ20年にもわたって経済の伸びはほとんどゼロである。そのため試みられたアベノミクスも「三本の矢」"公共事業"、"大胆な金融緩和"、"成長戦略"は三つ共に完全に失敗し、5年経っても景気は回復しない。膨大な負債を将来に残しただけである。

 果たして経済は成長しなければならないものだろうか?ここらで考えてみるべきではなかろうか。高度成長時代と違って、今やこの国は超高齢化、少子化、人口の減少の時代となり、個人あたりのGDPも26位に落ちている。これまでに成し遂げたある程度の生活基盤などもあるが、移民受け入れには執拗に反対していることなども考慮すれば、これから先もこれまでのような経済成長を望んでも無理なのではなかろうか。

 人々の生活の実情に合わない、一部の人たちだけの望む高度経済成長政策自体が初めから間違いで、この国の実態に合わせたものに大胆に変更すべき時なのではないかと思う。いつかも書いたように、経済成長を追うより、現状や未来の予測に合わせて経済成長より、人々の幸福を目指す方向に政策を切り替えるべき時が来ているのではなかろうか。

 何も経済的な一等国を目指す必要はないのではないか。軍事力にしても経済力にしても世界一は無理であるし、望むことでもないであろう。世界を見れば、国民や国の安全も軍事的に強力な国家でなければ守れないものではないことがわかる。現在の植民地的状態から脱して完全に独立し、平和憲法を維持し、近隣諸国との友好関係を築くように外交的努力をすれば可能であろう。

 もともと日本列島は資源にも恵まれず、地震の多い島国である。この小国が世界に覇を唱える必要はない。近隣諸国、ひいては世界と友好関係を結び、小さくても人々が平和で心豊かな生活を送れるところにすることが理想ではなかろうか。

 ここらで大国主義を考え直すべきではなかろうか。