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子供の疑問

 朝日新聞に子供の疑問として「歴史では偉い人の話ばかり出てきて普通の人のことが出て来ないがどうしてなのか。普通の人がどうしていたか知りたいのに」というのが取り上げられていた。それに対して「昔に文字になって、今も残っているものは偉い人のものばかりなのでそうなるのだ」と答えられており、「それでも普通の人たちのことも万葉集などには載っており、当時の普通の人の生活も一部わかっていることもある」というような返事が加えられていた。

 小学4年生の子の質問だったが、このぐらいの歳頃になると、学校で教えてもらったことにもそこそこ疑問を持つようになり始めるものである。

 私の子供の時の思い出では、地球儀にはどれにも小いさい日本のところだけが赤く塗ってあるのが印象的だったが、先生に「君たちはこんなに大きな地球の中のこんな小さな日本によくも生まれたものだ。こんな立派な国に生まれたことを感謝しなければならない」と教えられた。「どうしてこんな小いさな国がそれほど良い所なのだろう、他にもっと大きな国も沢山あり、どこが良いかわからないが、他にももっと良い国があるかも知れないのに」という疑問が膨らんだが、先生が「日本ほどこんな良い国は他にはないんだよ」と言われ、なぜこの国に生まれたのが良かったのかという疑問はそのまま分からないままになってしまったことを覚えている。

 また、もう少し後の、小学5年か6年の頃のことだったのであろうが、天皇の系譜を歴代の天皇の名前を暗記させられたりして子供なりに歴史にも興味を持った。その頃はちょうど神武天皇即位以来の皇紀2600年ということになっていたが、歴史で習った年代から計算すると、どうしても神武天皇が百何十年も生きていないと計算が合わなくなることを発見し、なぜなのか不思議に思って先生に尋ねたことがあった。

 国粋主義が世の中を風靡し、万世一系の天皇が称えられ、忠君愛国が国是であった世の中だったので、聞かれた先生ももどう答えたら良いのか困られたのであろう。今でも覚えている帰ってきた答えは、神武天皇といっても一人ではなく、その昔は何代もの天皇神武天皇といっていたのだということだった。おかしいなあと思いながらも納得せざるを得なかったものだった。

 こんなことも思い出した。いつ頃だったか忘れたが、勧められて野口英世の伝記を読んだことがあった。子どもの頃、囲炉裏に手を突っ込んで火傷をして以来片方の手が不自由になったが、そのハンディにも負けず我慢して一生懸命に勉強し、大人になって立派な学者になったことが書かれていたが、いいことばかりで周りにいる普通の人たちとは全く違っていて、別世界の話のように感じたのであろう。

 こんな偉い人は人と喧嘩をしたり、怒ったり、泣いたり、悪いことなどをしたりしたことはないのだろうか。こんな人も普通の人と同じように小便や大便をしたりもするのだろうか。あまりにも普通の人とはかけ離れた話ばかりだが、ファンタジーのある別世界でもなく、何か嘘の混じった話のようで、信じることができなかったことが忘れられない。そんな経験があったからか、以来伝記ものが嫌いになって、大人になっても伝記ものはなるべく避けていたものであった。

 大人は子供はまだ未熟なので、子供の質問には適当にその場を取り繕っておけば良いのではぐらいに安易に考えがちであるが、子供の頭脳は新鮮であるだけに、子どもの時に受けた刺激は強烈で、ものによっては後のちまで影響を残すものであるように思われる。