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政治の裏の世界

 小説や映画でよく政治がらみの裏の暴力が取り上げられたりするが、現実の世界でもどこの国でも、いつの時代でも、の政治に裏の世界が絡んでいることは誰でも知っている。

 しかし、裏の世界の出来事はほとんどすべて闇から闇に葬られてしまうので、真相を掴むことは出来ないのが普通である。問題が重大であればあるほど、関係者の多くは秘密を墓場まで持って行ってしまうものである。

 したがって、普通の人はおかしいと思っても、真実のわからないままに時を過ごすより仕方がない。それでもどうしても陰惨な裏の暴力が働いていると考えなければ辻褄の合わないようなことが起こると、実際はどうだったのかいつまでも気になり、疑問を抱え真実を知りたいと思うものである。そのようなことが次々に起こるのが政治の世界のようである。

 まだ占領下にあった時代には、有名な国鉄の下村総裁の死後轢断の事件を思い出す。国鉄の総裁が何者かに殺されて死体を轢死に見せかけた事件であった。占領軍が絡んでいたのではと噂されたが、結局迷宮入りになった。他にも戦後にだけ目立った国鉄の事件などもあった。

 その後の歴史の中では何と言ってもロッキード事件である。田中角栄がアメリカの意向をを無視して中国との国交回復したことが関係していたのではと言われている。もっと近くの首相を巻き込んだ事件としては鳩山、小沢の辞任劇であろう。米軍基地の沖縄からの県外移転や中国との交流拡大を嫌った外圧によって、たちまち汚職の嫌疑をかけて民主党潰しが行われたのも、米国がらみの事件とみられている。

 この他にも、最近に至るまで、以下で述べるように、知事や権限を持った政治家を無理やり引きずり下ろす陰謀ではないかと考えられる事件が相次いでいる。

 いずれもやり方はは大体決まっている。大抵こういう人たちは公の立場にあるので、責任を問える範囲でどこか探せば大抵どこかに弱点が見られるもので、まずそういった粗探しから始まり、利益の誘導や無理な法律の解釈から始まり、人事への介入、籠絡などを駆使してまずは取り込みを図る。

 初めから分かっている場合もあろうが、それが駄目なら、次は脅し、暴力その他と手段を選ばない。メディアや反対派を利用して有る事、無い事、悪い事を言いふらし、評判を落とすことにも努める。それで嫌気がさしてやめてくれればそれで良い。それが効かなければ、次第に脅しがエスカレートし、警察や検察に手を回して、可能なら実際に告発や検挙する手も使われるし、それも効かない場合には、最後の手段としては、闇の手を使って暗殺することさえ辞さないことになる。

 事件は真実不明のままいくつも起きている。中川昭一財務大臣のG7会議後の朦朧会見、続いての急死の真相はCIAに殺されたとも言われているが、実際はわからない。北方問題に絡んだ鈴木宗男佐藤優汚職有罪事件も政治が絡んでいるようである。

まだまだあるであろうが、最近の事例としては、安保関係と原発関係のものが多いようである。

 前者の例は沖縄の仲井眞弘多知事であろう。辺野古移転反対を唱えて知事になり県民の期待を背負っていたが、上京しての政府との交渉の過程で病気になり入院加療したと思ったら、退院後急に態度が変わり、辺野古移転に賛成し、沖縄県議会から不信任案を突きつけられることになったが、東京で何があったのか謎のままで、次の選挙に負けたのに承認のサインをして知事を辞め、その後も反対の翁知事に難癖をつけている。どうして東京で急変したのか詳しい実態はわからない。

 原子力発電関係では福島県の元知事の佐藤栄佐久であろう。原発反対を貫いていたのが為政者に邪魔だったのであろうか、弟の収賄事件をとっかかりに知事の5期目であったのに中途辞任に追い込まれている。

 また、新潟県の前知事の泉田裕彦氏も柏崎原発の再稼働に反対していたので、何としても再稼働したい「原子力ムラ」と対立していたら、県の収賄事件などに絡み地元新聞に一方的に叩かれることとなり、突然次の選挙に立候補することを取りやめることになってしまっている。

 実際に何があったのか外からはわからない。急な態度の変化の裏には何らかの力が加わったのではなかろうかと推測せざるを得ない。泉田氏辞任の後の選挙で再び原発再稼働に慎重な知事が生まれたので今後どうなっていくか注目してみて行きたいものである。

 権力を持っている者はその権力を行使し、維持するためには、それを妨げる者に対しては合法または非合法のあらゆる力でそれを押しつぶそうとするものである。表面の民主主義ではうまくいかない時の為政者が試みる方法である。

 外から見えない世界で真実はわからないが、そういうことが行われているに違いないことは、誰の目にも明らかな事実の影で何かがあったのではないかと考えなければ解釈がつかないことがしばしば見られるからである。

 昔から権力は血を血で洗う争いを繰り返して成り立ってきたものであるから、人間の世界である以上、その続きが急に変わってしまうことがあり得ないと考えるのが妥当であろう。民主主義は建前だけなのであろうか。