一億総活躍、一億総ゲーム

 近頃はどこへ言ってもスマホを見ている人ばかりである。道を通っても、電車に乗っても、スマホを見ている人だらけである。車を運転しながら、自転車に乗りながら、駅のホームを歩きながらまでスマホを見ている人もあり、危険だからやめるようにとの忠告も出ている。

 恋人同士が一緒にいても、それぞれに自分のスマホを覗き込んだままだし、友人同士で食事をしていても各自のスマホをしながらである。赤ん坊を膝に乗せたり、前に抱いたりしながらスマホを見ているお母さんも多い。

 電車の中で見ていても、十人おれば八人ぐらいはスマホを覗ている。この頃は新聞を広げたり、本を読んでいる人はめっきり減ってしまった。居眠りしているか、スマホを見ているかどちらかといっても良いぐらいである。

 一体それほどまでしてスマホで何を見ているのか、少しばかりのぞいて見ると、メールや検索記事、地図や写真などを見ている人もいるが、まず八割方はゲームをしている。若者ばかりではない。いい年をしたおじさんも、年頃の女性までがゲームに夢中になっている。まるで一億総活躍、一億総ゲームの世でさえある。

 ソニー任天堂などゲーム会社は儲かるであろうが、こんなことが続いていて良いのかなとちょっぴり心配になる。ゲームに鍛えられて利口になるのか、バカになるのか?ストレス解消ぐらいの範囲にしてくれていたら良いのになあと思わずにはおれない。

 愚民政策には昔から3Sと言われてきた。スポーツ、スクリーン、セックスである。

スポーツはプロ野球やサッカー、オリンピックなどを盛り上げれば大衆は夢中になる。

 スクリーンは昔は西部劇その他のエンターテインメント映画が主流であったが、今でもスターウオーズやシンゴジラのようなものもあるが、スクリーンの本流は今や映画を離れてスマホに移ってきたようである。

 セックスは高齢化社会少子化セックスレス若者の増加などでこの国では問題があるのかもしれないが、メディアなどを動員すれば人の本性に直接結びついているものなだけに煽るのは容易であろう。

 これらの3Sが盛んになればなるほど喜ぶのは政府であろう。関心をそちらに向けてもらえれば、政治への関心がおろそかになり、政府はやりたい放題に振る舞えるというわけである。政府も今のオリンピックの盛り上がり同様、3Sを積極的に進めているのではなかろうか。アメリカ追随の深化や憲法改正も楽勝が期待できるということになる。

 スポーツもゲームも、セックスだって否定するものではなく、適切に利用すべきものであるが、それに溺れ過ぎると、つい政治への関心がおろそかになって、いつの間にか政府に引き返しのつかない社会に連れ込まれてしまう恐れのあることも忘れないでいたいものである。