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新聞の歌壇、俳壇

 朝日新聞には毎週一回の朝日歌壇、俳壇というページがある。あまり和歌や俳句には関心のなかった私が初めて毎週欠かさず目を通すようになったのは、ある時たまたま、もう戦争からずいぶん年月が経っていたのに、未だに戦争に関した歌や句が出ていることに気がつき、戦争に傷跡の大きさに改めて気付き、それなら市井に生きる普通の人たちが今でもどのくらい、心の中で戦争を憶い、戦争の歌や句を読まないではおれないのか調べてみようと思ったためであった。

 その後何年か後に、それについて統計を取り、どこかに書いたことがあるが、その続きで以後も自然と欠かさず朝日歌壇、俳壇を見るようになった。見ていると戦争のことばかりではなく、それなりにその時代、その頃の社会情勢や世の中を反映していてなかなか面白い。

 必ずしも選者の評価とは一致しなくても、自分なりに感じたものを楽しんでいる。その時その時の自然や社会を反映した表現が見られるので、世の中の移り変わりやその人の憶いを教えてくれるし、それをどう表現しているかにも惹かれる。

 思わず「うまいものだな」と感心させられるものもあるし、つい笑ってしまうものもある。その情景に引き込まれることもあるし、自分に当てはめて懐かしく感じさせられるものもある。

 今朝の新聞のものを例に挙げればこんなことになる。

歌壇の最初の歌が

「夕暮れのスマホ電車に溶けこめず本を読む人車両(ハコ)に三人」であった。

 これなど私が電車に乗る時にいつも見られる風景である。最近は電車の中では立っている人も座っている人も、周りの人は皆一斉にスマホに熱中しており、昔のように新聞を広げたり、本を読んだりしている人は本当に少なくなった。つい二、三十年前には考えられなかった異様とも言える世界である。まだスマホを持たない老人には別世界に紛れ込んだような感じさえする。全くこの通りだと言いたくなる。

 ずっと目を通していくと、いろいろな情景に出くわすが、

「やれやれと大の字になりくつろげど足音のして小の字になる」という歌や

「ぼうふらを見ていて親に刺されけり」の句は、我慢できずに女房にも聞かせ、思わず二人で笑ってしまった。

 また、二つ並んで載っていた歌

「ピアノならみんな弾けるが麦笛は吹く児もおらずこんな田舎で」と

「貧しければ田の畔にまで豆植えて父は老いても花を育てず」の二首は

老人と子供のそれぞれの世代の世の変遷が共鳴しあって興味深かったが、おそらく選者も意識して並んで載せたものであろう。

 その他では、「薩摩富士とは特攻の夏の空」なる句は、当時海軍兵学校の生徒であり、何も知らないで天皇のために本気で死ぬ気でいた私にとっては、未だに忘れようとしても忘れられない戦争の思い出を引き出し、あの戦争末期の夏の青空に飛び去っていった特攻機が今も沈痛な思い出として蘇ってくる。

 そんな深刻な思い出は別にして、いろいろな歌や句に目を通していくと楽しい。

「捨畑へ怒涛の如く夏となる」とか

「薔薇終わり太陽だけの庭となる」

「昼休み終えて噴水立ち上る」

なども何でもない普通に見られる景色だが、うまいこと読むものだなと感心させられる。

 しかし、この歌壇俳壇のご利益はこれだけではない。花鳥風月のなど、若い時には差して興味のなかった名前などを教えてくれることでも楽しませてくれている。殆ど都会生活しか知らない私は、この歳になっても花や鳥の名前に疎い。

 最近は近くを散歩していても知らない木や花、鳥などを見るとなるべく名前なども調べるように努めているが、歌壇俳壇などに出てくるそれらについても自然に調べる癖がついてきた。小鳥や花の名前を知るとなじみが出来、それでけ親しみを感じるようになって有難い。

 それに俳句独特の言い回し方や語句などを教えてもらうこともある。今日の句では

「瑞穂なる国の卯の花腐しかな」など、一読では「卯の花が腐い」など何のことかと思ったが、調べてみると昔から俳句では夏の季語にもなっているようで、普通は「うのはなくだし【卯の花腐し】」〔「くだし」は「くたし」「ぐたし」ともいう〕というらしく、「卯の花月のころ,卯の花を腐らせるほど続く梅雨の長雨を指す言葉だそうで、《 ひもすがら卯の花腐し茶を入るゝ /星野立子 》という句の他にも随分多くの句が出てくる。

 句や歌に疎い私にとっては年を取っていてもいつも何か新しい知識を得るきっかけにもなっている。そんな訳で毎日曜日あるいは月曜日の朝刊の朝日歌壇俳壇を楽しみにしている次第である。