「人口減少」で良いじゃないか?

 総務省の2015年の厚生調査の結果によると、2010年と比べて総人口が94万7千人(0.7%)減の1億2711万人と初めて減少を示し、新聞などによれば、人口の高齢化で死亡が増えたのが原因で、この傾向は当分続くであろうと言われている。

 それに伴い、社会や経済の停滞にもつながりかねず、「一億総活躍社会」など何か克服策はあるか?と言った議論もなされている。確かに高齢者が増え医療介護の費用が嵩み、生産年齢層の減少で労働力が不足し、かってのような高度経済成長は望めないであろう。

 しかし、現状を齎したものは国民が相対的に豊かになり、健康になって長生きするようになり、そのために老人が増えた結果であり、社会の平和が続き、若者が昔の村社会や家の桎梏から解放され、自由に個性を発揮できるようになったために、独身者が増え、離婚が増え、少子化につながったなど、国民の相対的な生活の安定化と豊かさの結果と言えなくもなく、それ自体受け入れるべきものであろう。

 その結果の現状に対する対策は当然必要であるが、何もそのために高度経済成長を続けなければならないことはない。今更、格差の拡大、中流階級の消滅などの社会変化を黙認しても高度成長は無理で、社会のあり方をここらで考えるべきではなかろうか。

 私の子供の頃は日本の人口は七千万人ぐらいだった。当時の一億という数は植民地の朝鮮半島や台湾の人口を合わせたものであった。この七千万でも多過ぎると言われていたのである。1929年の不況の時には東北地方は冷害で娘を売らなければ暮らせない農家も多かったようである。

 こんな狭い日本で七千万人もの人間が食っていける訳がないと言われ、南米への移民や大陸への進出が奨励されたわけである。当時の日本の財政はいつも赤字で、海外に出稼ぎに行った日本人からの送金でどうにか帳尻を合わせているのだと聞かされていた。

 ところが一方で戦争になると、今度はいくらでも兵隊がいるので、産めよ増やせよが国策となり、当時はどこの家も今と比べれば子供の数は多く、五人や六人は当たり前であったが、更に多くの子供が推奨され、子供が十四人だったかの「白井」さん?が表彰されたのを覚えている。

 戦後の混乱期にそんなに多くの子供を抱えた家族はどうされたのだろうかと時に思い出すことがあった。また戦後にびっくりしたことは戦後に人口が増え続けたのに米が余り、減反政策がとられるようになってきたことであった。戦前あんなにこの狭い国では養いきれないとされていたのに、工夫すれば出来ることだったのである。

 戦後に人口は爆発的に増え戦前の倍近くにもなり、それが高度成長を支えてきた。しかしその結果伝統的な村社会が崩壊し、核家族化が進み、やがてそれに伴って少子化、さらには高齢化の時代となり、ついには人口減少ということになったのである。

 今更急にこの傾向を変えるわけにはいかない。どのぐらいの人口がこの狭い島国に適当なのかはわからないが、都会の住宅事情などを昔と比較すると独りの占める占有面積はどんどん狭くなっているので、人々がもっとゆとりをもって暮らせるためにはもっと人口は少ない方がよいのかも知れない。

 子供の頃の印象でも、昔は汽車に乗って旅行して車窓から見える景色には、今よりもっと人里離れた田舎や森、山などの風景が多かったような気がする。人口が減って高度成長が出来なくても、安定した経済の元で、もっと皆がゆとりがあって幸せな生活が出来る方が良いのではなかろうか。

 無理な経済発展に捉われず、人口減少社会に適応した政策をとり、周辺国との友好に努め、軍事費を削り、介護や福祉を手厚くするなど、社会保障を充実させ、育児、教育医療などの社会資本を豊かにするなどして、ここらで経済発展より、人々の幸福を目指す方向に国の進み方を変えることを考えるべきではなかろうか。