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病院の外来受診

 昨年の八月に心筋梗塞になって救急入院した後、隔月ぐらいに病院の外来に行っている。医者をしてきたので、以前は外来に来た患者さんを診る方だったが、今度は診られる方になったわけである。

 どことも同じで病院の外来は混み合っている。予約制を取ってはいるが、診察時間は遅れるのが当たり前で、十一時を過ぎる頃には大抵一時間ぐらいは予定より遅れる。初めての人は苛立つであろうが、そういうことを知ってしまえば、その積りで対応できるので、患者さんたちはそれに合わせて時間を見計らい、検査を受けたり、喫茶店でお茶を飲んだり、先に昼飯を済ませたりと、それぞれに時間の費やし方を工夫しているようである。

 そんなわけで病院に行ってから診察を受けるまで時間がゆっくりあるので、適当に時間を費やしながら、医者としてではなく、患者として、また違った角度から観察すると、また違った景色が見えてくる。先ずは、病院の体制や施設のあり方とか、患者への対応、職員の動き方、働き様などに興味を引かれるが、ここでは私の付きなヒューマン・ウオッチングに限ることにする。

 来ている患者さんを眺めていると、時代を反映して、もちろん老人が多い。それも病人なのだから当然であるが、弱々そうな老人ばかりである。お爺さんが嫁さんや娘さんなど家族に付き添われてきている人が多い。ところが気がついたのはお婆さんが病人でお爺さんが付き添いで来ているという組み合わせを滅多に見ないことである。お婆さんの付き添いはほとんどが娘さんらしき女性である。

 この年齢層の男性はまだ男が威張っていた時代の遺物なので、嫁さんには自分は付いていかないで、娘や嫁に頼むからなのか、爺さんが付いていっても役に立たないためなのか。それとも、男の方が平均年齢から言っても女より弱いので先に弱って、結果としてそうなる確率が高いのか。調べてみると面白そうである。

 家に近くの散歩道で朝早くなどに出くわす老人では、年をとった夫婦連れが一番多いことから類推すれば、男が先に病気になる方が多いので女が附きそって病院に行くパターンが多くなるのが普通なのかもしれない。

 昔は元気で偉そう言って張り切っていたのであろうが、今はしおれて完全に奥さんの支配下にあるようなお爺さんが多い。外観から昔の元気だった頃はどんな風だったのだろうかとを勝手に想像してスト−リーなど組み立てていると楽しい。昔は威張っていたのに今は卑屈にさえ思える作り笑いで奥さんに対応しているような人もいる。

 奥さんが「しょうがないわね」とか「また背広を汚さないでね」などと言っている声が聞こえることもある。

 車椅子の人や杖にすがって歩く人もいるが、入院患者と違って外来の患者さんは初診の人などの受付が別になっているせいか、以前は悪くてももういくらか落ち着いた人がほとんどのようで、案外皆外見は元気そうで、普通に街で見かける人たちとさして変わりがない。笑顔を見せる人もいる。職員に文句を言う人も少ないようで、外来の待合室は割合落ち着いた平和な雰囲気である。

 こういうところで見ていると、つい自分と他の患者さんたちとを対比しがちになり、自分が何の自覚症状もなく、元気で普通の健康人と同じ生活ができており、心臓や動脈硬化関係なども、入院中に精査してもらったおかげで、年齢から言えば普通の人より問題は少なそうなことに感謝する気持ちになる。他の患者さんと比べると年はどう見ても来ている人たちの平均以上なのに、平均的な患者さんより元気なことがわかる。

 病で弱って元気な人を見ると悔しがっている人もいるだろうから大きな声では言えないが、患者さんたちを見ていると彼らよりは私の方が元気だという変な優越感さえ感じる。見せしめではないが、何だか余計に元気に振舞いたい気持ちになる。

 そんな気持ちで、病院への往路はバスで行くが、薬をもらっての帰り道は、病院から電車の駅までほぼ一キロの距離を颯爽と歩いて帰ることになる次第である。