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品格を問われる経営者

 「関西電力の高浜原発3、4号機(福井県)の運転差し止めを命じた福井地裁の仮処分決定に対し、関西の経済界からは批判や懸念の声が相次いでいる。」と過日の新聞は報じている。

 産経新聞によれば『「理解の範囲を超える」「怒りを覚える」“暴走司法”に関経連から批判続出』という見出しで、関西経済連合会の定例会見で、沖原隆宗副会長(三菱東京UFJ銀行特別顧問)は「国(原子力規制委員会)が原発の安全性を評価しており、これがまったく否定されるのは、理解の範囲を超える」と決定内容を批判。

 松下正幸副会長(パナソニック副会長)も「電気料金が高止まりし、電力供給も不安定となる。(二酸化炭素をほとんど出さない)原発が動かないと、環境への負荷もかかる」と述べ、角和夫副会長(阪急阪神ホールディングス社長)は「憤りを超えて怒りを覚えます」と切り出し「なぜ一地裁の裁判官によって、(原発を活用する)国のエネルギー政策に支障をきたすことが起こるのか」と述べ、「こういうことができないよう、速やかな法改正をのぞむ」とまで強い態度を示している。

 「100%の安全は、世の中に存在しない」と指摘したあと、再稼働で電気料金が値下げされると、鉄道事業の電気代が年5億円安くなるとみていたという。電気料金の値上がり分を価格転嫁できない中小企業が多いことをあげ「何という判断かと怒りを覚える」と自分たちの経営への影響を語気を強めて訴えたということらしい。

 さらに森会長も「値下げができなくなったことが関西経済に与える影響は小さくないと考えており、一日も早く不当な決定を取り消していただかなければならない」と話したと書かれている。

 大津地裁(山本善彦裁判長)は9日、「安全性が確保されていることについて(関電側は)説明を尽くしておらず、原発事故による被害は甚大で、環境破壊の及ぶ範囲は我が国を越えてしまう可能性さえあり、発電の効率性と引き換えにすべき事情はない」国民の不安を背景にして決定を下しているのである。

  関電としては、当初想定していた11月までの再稼働は難しい状況となり、電気料金の高止まりや、地球温暖化対策の遅れなどへの懸念があったからであろうが、福井地裁の仮処分決定を残念がるのは当然としても、関電にとどまらず、関経連としての発言は経営者団体の社会的立場を考えるならば、社会的配慮を欠いた一方的な傲慢なものと言わざるをえない。

 自らの経営環境だけではなく、自分たちの経営が三権分立の民主主義社会の上に成立していることを認識し、決定を不服とする保全異議申し立てと仮処分の執行停止の申し立ては当然としても、自己の利害関係を超えて、少なくとも公的には裁判所の決定を素直に受け入れるべきであろう。

 これだけでも民主主義を否定するような問題であるが、関西電力社長は後日、さらに驚くべき発言をしているのである。3月9日大津地裁判決で差し止められた原発の運転停止による損害は月100億円として、「上級審で逆転勝訴した場合、(申し立てた住民への)損害賠償請求は、検討の対象になりうる」と言っている。

 これに対して、住民側弁護団と脱原発弁護団全国連絡会が連名で、八木社長の発言は二度と原発事故を起こして欲しくないという思いで、司法手続きに沿って申し立てをした人への完全な脅迫で。あるまじき発言だ」と批判、抗議文を送り、「全国の原発に、新たに運転差し止めの仮処分が申し立てられるのを牽制(けんせい)する目的としか考えられない」として、発言撤回を求めたのは当然であろう。

 関西電力広報室は「電事連の定例会見での発言は『一般的に逆転勝訴した場合に初めて損害賠償請求の検討の対象となり得るものである』と説明したもので、損害賠償については現時点で何も決まっていない。今回の申立人を恫喝したり、牽制したりする目的で申し上げたものではない」との談話を出しているが、それで社長の真意が打ち消されるものではない。

「日本では、炉心溶融を起こすような原発事故は絶対に起きない」と断言してきた電力会社の社長であり、電力会社の連合会(電事連)会長でもある者が、福島原発事故が起きても尚、謙虚に反省する姿勢がないだけでなく、住民に対して損害賠償請求の可能性を示唆したことは、住民の「いのち」より「お金」を優先するという関電と電事連の考え方をよく表しており、政府とも結びついた原子ムラの傲慢さを象徴しているものと言えよう。

 こうした住民に対する「どう喝」がどういう結果をもたらすか―4月から電力自由化が始まることもあり、しばらくは推移を見ていきたいものである。