読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

日本人力士の優勝は10年ぶりでなく4年ぶりだった

 今年の春場所琴奨菊が優勝し、10年ぶりの日本人力士の優勝と騒がれた。

 しかしこれまで全く知らなかったが、正確には4年前に元関脇旭天鵬・現大島親方が既に日本国籍になってから優勝していたので、今回は4年ぶりの日本人力士の優勝であったわけである。朝日新聞大島親方が書いているのを見て初めて知った。

 当然、これに関しては旭天鵬はモンゴル出身者で、長年モンゴル力士として活躍してきたのだから本来の日本人ではないという意見も出るであろう。日本出身力士と日本人力士を区別するような使い分けもされるかも知れない。

 ただ、折角日本人として生きていこうとして日本人になった旭天鵬にしてみれば日本人として認めてもらえないのは寂しいことであろうと思う。かってのファンとしても残念な気がする。

 本来の日本人といったところで、先祖を辿れば天皇をはじめ極めて多くの日本人はいつの時代かに半島や大陸からの渡来して来てこの島に住みつき、混血して来たものであり、近年はさらに移住して来て国籍を得て日本に永住している人も多くなっている。

 日本人とは何かと言っても、結局は日本国籍を持って日本に永住している人を日本人と定義するよりないであろう。それに定義がどうであり同じこの国に一緒に住んでいる人は皆同胞として一緒に仲良くやっていかなければ仕方がないであろう。

 そうすれば同じ国籍を持ち同じ国に住んでいる人を生まれが違うからといって区別する必要はないのではなかろうか。人種差別やその他の社会的な差別がこんなところから生じてはならないであろう。

 ましてや相撲の世界では上位陣は殆どがモンゴル出身力士で占められており、彼らの働きなしには最早相撲が成り立たなくなっていると言っても良いであろう。八百長騒ぎがあって相撲人気が衰えかけた時に、それを救い再興してくれたのも白鵬をはじめとするモンゴル勢である。彼らに感謝すべきである。東京場所を一場所削ってモンゴル場所を一回作っても良いのではないかと密かに思っている。

 さすがにこれだけ上位陣にモンゴルはじめとする外国人力士が多くなったせいもあり、最近は力士の国籍などより、それぞれの力士個人の人気に頼ることが多くなっていることは喜ばしいことであるが、「琴奨菊横綱の期待が高いものの、これまでの成績を見ると怪我が多いし、成績も不安定で、まだ本物の横綱としては不安が残るし、稀勢の里も大事な一番を落とすことが多く、若手を含めてまだこれといった日本人力士は見当たらない」と大相撲の解説をしてきた山崎正さんも言っている。

 ご当地力士を応援したくなるのは悪いことではないし、日本生まれの力士に頑張ってもらいたいと思う気持ちも当然あって良いことだが、今はやりの「頑張れ日本だ」とか「もう一度日本」「素晴らしい国日本」だとかの政治的風潮にだけは載せられにようにして、相撲ファンは広い心で日本人、外国人の区別なく相撲の内容そのものや力士の人柄などを楽しみに声援を送り続けたいものである。