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ふたり揃って杖ついて

 昨日は久しぶりで箕面の滝まで歩いてきた。ここ数年少なくとも月に一度は必ず箕面の駅から滝までを早足で往復するのを習慣にして来たが、思わぬことから八月は抜けてしまったので二ヶ月振りということになる。

 日が短くて寒い一月や二月は少し遅くなることもあったが、たいていは箕面線の初発に乗って箕面駅に五時十分ぐらいについて歩き出し、滝まで行って、そこで小休止、水など飲んで、引き返して六時十四分の電車で帰るようにして来た。駅から滝まで往復五・六キロの山道であるかからかなりの速さである。

 いつも女房と一緒に出かけるのだが、途中で別行動を取り、私が先行して滝まで行き、滝の前で落ち合って、帰りはいっしょに帰ることにしていた。私のスピードだと背の高い若い男には勝てないが、老人や女性はたいてい追い抜いて行くことになる。

 滝まで三ヶ所急な坂の続く所があり、そのどこかが追い越し地点になることが多かった。私はいつもステッキを持ちそれでリズムを取りながら行くのだが、その助けと年を取っていても心肺機能が良いこともあって、坂になってもあまりペースが落ちないで歩けるので、急坂の部分でペースの落ちた前の人に追いつき、追い越すことになるのである。

 朝の滝道はさすがに人はまばらだが、常連さんのような人もおり、初発電車で行っても近くの人で更に早く行って、もう上から降りてくる人に会うこともある。朝が良いのは空気が清々しいし、人は少なく、逢えばお互いに「おはようございます」と挨拶を交わせることである。

 こんな習慣で滝道を行くごとに、また人を追い抜いて登って行くごとに、変な自信のようなものがついて、ますます元気にスピードアップしながら密かに内面の若さを自慢していたのだが、この八月四日に急に心筋梗塞になり入院する羽目のなってしまった。

 そういえば、七月に滝まで行った時、登り始めて間も無い頃、何だか喉が詰まるような感じがあり、そのまま歩いているうちに消えたので、そのまま滝まで往復して帰ったのだが、その時の感じが丁度駅で急いで階段を登って電車に駆け込んだ時などに動悸とともに感じる喉のつまったような感じだったので、後からあれは狭心症ではなかったのかなと思ったのだった。

 そんなことがあったので、症状は軽かったが、心筋梗塞の診断は容易で、救急車で病院に行き、ステントを入れてもらって冠動脈は再開通したが、一部の心筋は死んだままになっている。その上、二週間ばかりの入院による安静も加わって、急に体の動かし方がすっかり変わってしまった。

 しかし、心臓が悪いからといって昔のように安静にしていると、特に年寄りは急に体力をなくすので、心臓に合わせて適当に動いた方が良いというのが近頃の考え方である。したがって、私も少しばかり死んだ心筋にも気を使いながら、少しづつ動きながら行動範囲を広げていっている

 八月中をウオーミングアップの期間とし、九月になってからは大阪での会合にも出席し、今日は「みのおの森アートウオーク」という催しがあるので、箕面の滝まで歩いて来たわけである。ただし以前と違い、今度は大勢の人たちに抜かれながらゆっくり歩き、あちこちでアート作品を見たり、公園の椅子に腰を下ろして休憩を取りながらの時間をかけての滝行きであった。

 幸か不幸か、私が入院する少し前頃から女房が膝を痛め速く歩けなくなったし、途中で休みを入れないと長道の歩行は膝に良くないので、ふたり揃って杖をついてゆっくり歩くことになった。以前と違って女房とちょうど同じペースで歩けるので具合が良くなったとも言える。

 ただこうなると、ふたり揃って杖をついて、見るからに年寄り夫妻ということになってしまった。電車では席を譲られるし、アート作品の展示場では若い係員が必要以上にかばってくれる。そんなことが続くとこちらの気持ちまで急に年寄りじみてくる。

 まあ、実際にもういい歳なのだから強いて若く見せることもないが、自分の気持ちとしてははあまり歳をとりたくないものである。しかし、しばらく動く量が減っていたためか、滝までの往復はゆっくり休みながら行ったのにかかわらず、これまでの中で一番疲れた感じがして、帰宅して先ずやれやれという感じでベッドに横になってしまった。

 日常生活が前のように活発に出来るようになるまでにはもう少し時間がかかるのではないかと思われるが、脳卒中の後と違って体に不自由があるわけではなく、もう少し元気になってまたいろいろ余生を楽しみたいものである。