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戦後七十年の安部首相の談話

 今年の八月十五日の敗戦の日には私は丁度心筋梗塞で入院していたので、その前日に発表される事になっていて、注目していた戦後七十年の安部首相の談話も翌日届けられた新聞を病院のベッド読んで知った。そんなわけで遅くなったが、それを読んで気になった点を少しだけ書いておきたい。

 あらかじめ中国や韓国ばかりでなく、アメリカなどからも釘をさされていたので、さすがに安部首相も「痛切な反省」、「植民地支配」、「侵略」、「お詫び」の4つのキーワードは入れざるを得なかったのであろうが、いやいや言わざるをいなかったのであろうことは、どれも自分自身のの言葉としてではなく、第三者的な表現で誤魔化している事でわかる。村山談話などで直接首相の言葉といて喋っているのとは明らかに後退した表現になっているのは新聞などにも書かれている通りである。

 私の引っかかったのは、その後で、ここは自分の言葉で「子や孫、その先の世代に謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と言っている部分である。いつまで謝罪させるのかという右翼の発言などに応えるもので、これで謝罪を打ち切ろうという魂胆であろう。

 ところがこれと対照的に、日本では原爆被害については、被害者の平均年齢が80歳を越えても、若い世代が語り継ぐべきだと言うのが、社会の共通認識となっているといってもよいであろう。米軍の都市の大空襲や、住民の四分の一が犠牲になった沖縄戦などについても、子子孫孫いつまでも語り継ぐべきだと語られている。

 それであれば日本に侵略され塗炭の苦しみを味あわされた中国や韓国、アジアの人たちも、当然、悲惨な歴史を繰り返さないために子子孫孫語り継がなければならないと思うのは同じであろう。これらの被害者の心情はどこでも同じであろう。

 加害の歴史は忘れられやすく、被害の歴史はいつまでも忘れられないものである。イソップの童話に出てくる子供が池のカエルに石を投げる話も参考になるであろう。

 それを知れば謝罪がそう一方的に打ち切れるものではない事がわかる。ドイツはいつまっでも謝罪を示す態度を取り続けている。個人に直接の責任はなくとも、歴史の事実な変えられない。どこまでも過去の歴史に忠実に向き合い、マイナスの歴史も正しく判断し、被害者の思いも理解し共感していくことが、国としても、また個々の国民として正しい態度ではなかろうか。