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日本は未だ男社会

 元々男優位の社会であったこの国は少子高齢化社会の波にさらされ、このままでは社会が成り立たなくなる恐れが出て来て、最近は政府も女性活躍促進だとか、女性が輝く社会だとか言い出して、人口減少や労働力不足の歯止めに何とか女性を活用して、少しでもこの苦境を乗り切る一つの手段とせざるを得ない状況になっている。

 しかし、そうだからといって長年続いてきた男尊女卑の風習がそう急に変わるものではない。戦後七十年経ってようやく男女平等が少しづつ定着してきたかなというのが現状であろうが、まだまだ古い伝統は色々な所に牢固として残っているようである。

 先日九州を旅行した折、JRのローカル線に乗った時である。とある駅で見るからに朝帰りかと思わせる若い男女のアベックが乗ってきた。朝の通学時間で車内は割合混んでいたが、一つだけ席が空いていた。それを見つけた二人はそこへ来て、男が何も言わず何の仕草もないままに当然のごとく自分が席に腰掛け、女性はこれも当然のごとく男の前に立った。

 見ていると男は疲れて眠そうでやがて前かがみになり目を閉じていたようなので、女はそんな事情もあって男を先に座らせたのかなとも思ったが、やがて女も疲れていたのか男の膝を持って男の前にしゃがみ込んでしまった。

 おそらく二人とも眠くて疲れ切っていたのであろうが、一緒に疲れているのであれば、男が座席に座る前に一言女に声をかけるとか、先に座るようすすめる仕草ぐらいあっても良いのになあ、さすが古い伝統を守る九州男子は今も健在かと思ってしまった。

 ところががその旅の最終ラウンドで、大阪に戻って阪急電車に乗った時のことであった。ちょうど夕方の帰宅ラッシュの時間帯にかかっていたので車内は混んでいた。優先座席が一つだけ空いていたので足の悪い女房を座らせた。

 大阪では優先座席といってもラッシュ時には大抵若い勤め帰りの人に占領され、老人などに席を譲る習慣が定着していない上、帰宅途上のサラリーマンはたいてい疲れ切っていた顔をしているので、私はそのまま立っていた。

 すると向かい側にいた中年の女性が席を立って譲ってくれた。女性に席を譲られるのは気恥ずかしい気がするのだが、優先座席でもあり、好意を無駄にしてはいけないので、素直に礼を言って腰掛けた。

 ところが座った見ると、どうも隣の中年の男性が席を譲ってくれた女性の旦那のようである。その内に何か家庭的な会話が二人の間で交わされたので間違いはない。旦那の方は黙って文庫版の小説を読んでいる。

 旦那と一緒だったのに立たせて悪いことをしたなと思うとともに、自分の女房が他人に席を譲っているのに自分は我関せずでは、男としてどうなのかなという疑問が湧いてくる。自分の方が男で強いのだから、それなら自分が女房の変わって立つとか、せめてそういう仕草ぐらいあったも良いのではないかと思わざるを得なかった。

 しかし待てよ、日本の男の心情ではそんな時にそのような行動を取ることは恥ずかしくて出来にくいものである。心の中では女房を立たせて平気でいる自分に内心忸怩たるものを感じながらも、我関せずの態度をとるのが平均的な姿ではなかろうか。

 以前にも一度同じような経験をしたことがあり、同じパターンの結果であったのであながち私の偏見ではなく、それが現在の平均的な日本の男性の姿ではなかろうか。

 政府が何と言おうと大衆の文化や行動はそう急に変わるものではない。まだまだこの国は男性優位の社会である。真に生活に根ざした男女同権の世となるには次の世代ぐらいまで待たねばならないのかも知れない。