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私の写真展

 私が今の写真展に入れてもらったのはもう20年以上も前のことになる。病院を退職して少し時間的なゆとりが出来た時に、たまたま同窓会で隣り合わせになった友人に誘われて仲間にしてもらったのであった。

 それからずっと毎年一回のこのクラブの写真展を開いて自分たちの写真を発表し大勢の人たちに見てもらってきた。一頃は国画会の春と秋の写真展、医師会の写真展、会社の写真展と枠を拡げ、その上絵の展覧会もやっていた頃もあったが、最近ではもう展覧会も年一、二回だけにしている。

 年をとれば時間の経つのも余計に速くなるのか、この写真展も毎年同じようなことの繰り返しのように見えるが、長い間にはいつしかすっかり様変わりしてしまった。

 メンバーもすっかり入れ替わってしまって、もう私が入れてもらった頃からのメンバーは一人もいない。私が最古参のメンバーになってしまった。ほとんどのメンバーが仕事を辞めてから写真に深入りしてきた人だったので、20年も経てば多くの人がすでに鬼籍に入ってしまったり、いろいろな事情で途中で抜けてしまわれている。

 振り返って見ればいろいろな人がおられた。昔懐かしい藁屋根の農家に柿の木を添えたような写真ばかり撮ってられた人もおられた。若い時は山岳写真ばかり撮っていた人で年を取って険しい山に行けなくなってだんだん裾野や低い山の渓谷や林の写真に変わっていった人、狂言の舞台ばかり追っていた人、渓谷や林の自然の写真が素晴らしかった人、ダイビングで海中の世界に浸っていた人などもおられた。

 しかし、この写真クラブは他と違って、自分で映像を作るようなことをしていた人が多く、ファイバースコープを駆使して光の光跡から映像を作り出していた人、人に先駆けて多重露光の写真を成功させていた人、墨流しで面白い映像を作っていた人、技術者で自作のコントラプションを作って宇宙空間のような映像ばかりを作っていた人など、多才で他ではあまり見れない興味深い作品をいろいろ見せてもらったが、これらの人たちはもう誰もおられない。

 私は初めの頃は建物や階段の構成美、次いで歪んだ鏡や窓ガラス、水面などへの写り込み像、大きな銀紙のようなものに輪郭だけ彫り込んでそこに色が写り込むようにした写真などを作っていたが、パソコンが使えるようになってきたのでその後はもっぱら撮った写真を元にパソコンを使って写真をいじった抽象的な映像を作るようになった。

 その他、木や石の表面に現れた擬似人物像、道路の傷んだ白線や岩肌、壁面のシミなどから見立てた人物像など、興味の向くままにいろいろな表現を試みてきたがすべて遊びからくる発想に由来したものでずいぶん楽しませてもらった。

 しかし年とともに最近ではクラブのメンバーも次第に減って補充がつかず、今では6名だけとなり、他の人にも少し助けてもらわないと写真展の会場を埋めるにも足らなくなる始末となってきた。以前はメンバーも十四、五人もいて比較的若い人もいたので、会場の飾りつけなども皆で力を合わせて出来た頃もあったのが、今では嘘のように思われる。

 写真展の会場を訪れる客の数もめっきり減ってしまった。昔は近くに大型カメラ店が2−3軒もあり、近くに写真展をやっているギャラリーもあり、それらに関連して一見客も多かったが、時代が変わり銀塩の世界がデジタルに変わって写真界もすっかり様変わりし、普通の人がスマホや小型カメラで写真をとってインターネットなどで利用する写真や動画は増えたが、従来のような写真のやり方を踏襲している人は次第に少なくなり、来客も今では出展者の関係者の他は、ごく限られた写真関係者の客に限られて来ているようである。

 出展者の関係といっても、私の場合、始めた頃には比較的広く写真に興味のある友人、知人に声をかけたし、写真で知り合った人たちなどにも案内して割合多くの人が見にきてくれたが、私が発表の機会を絞ったこともあるが、それより見に来てくれる人がだんだん年をとったり亡くなったりで減っていったことが大きい。

 生きている人でも年をとって一人では会場の来るのが危なく奥さんが付いて来たような人にはもう次の年からは案内状を出すわけにいかないし、常連でいつも来てくれていた人も入院していたり、動けなかったりで来れない人が増えてきた。中にも電話でわざわざ体の不調で行けないことを連絡してくれるような人もいる。

 そうなるとこちらも案内状を出す時点からいろいろ考慮して、出来るだけ案内する範囲を絞ることになるので、次第に来る人も限られて来る。こうして来客が減って来るのは寂しいことではあるが、それでも来る人は必然的に古くからの馴染みのような人だけになってくるので、一度に多くの人と対応せねばならないようなことが減り、来た人にはゆっくり説明したり、一緒のお茶を飲みに出たり、場合によってはあらかじめ打ち合わせておいて写真をだしに一年に一度の会食を楽しんだりということにもなる面もある。

 写真の専門家でもなく、自分の作品を世間に認めてもらおうという野心もなく、ただ自分で楽しめれば良い写真展なので、これで十分ではないかと思っている。

来客は減ってもそう思って楽しんでいる。