読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

庶民にとっての戦争

 二、三日前の朝日新聞の声欄に『「父さんを返せ」と叫んだ母』という投書が載っていた。

 私より十歳ぐらい若い大阪の方のものだったが、これほど分かりやすく庶民にとっての戦争を表した話はないといっても良いぐらいである。心から同意する。

 読んでおられない人のためにかい摘んで話すと、投書された方が6歳の時、お父さんが出征されたが、38歳で戦死。33歳だったお母さんは子供を抱えて戦後の混乱した社会に放り出され、生きるために米軍からのタバコを密売をし、警察に捕まったが、その時叫んだそうです。

「わてが何でこんなことをせんとアカンのか分かっているんか。父さんを返せ!わてをブタ箱にいれたら、4人の子供は餓死や。なんの罪もない子供は死刑か。入れるんやったら家族全員ぶち込みなはれ」結果は処分保留で済んだが、貧困は続き、投書者も片親ということで差別や偏見にさらされ、母親は子育てに苦労されて75歳でなくなられたそうである。

 この投書は私に戦後の闇市や食料の買い出し、浮浪者、餓死者、ララ物資、進駐軍の靴磨き、傷痍軍人、大陸からの引き揚げ者などなど。混乱したあの頃の社会をまざまざと思い出させた。戦後の混乱した時代を知っている私にとってはこのお母さんの気持ちが他人事でないように身近に感じさせられた。

 国民があって国が出来ているものなのに、国は決して国民を守るものではない。国のために戦った兵士も消耗品に過ぎず、戦に負ければ死んだ兵士の家族の面倒など見ようともしない。戦死よりも戦病死、餓死が多かった負け戦、国中の大都会が空襲で灰燼に帰し、焼け出された被災者の大群、原爆の被害や国民の餓死を見てすらなおも「竹槍」で戦わせようとした国。

 それが負ければ一夜で今度は占領軍に取り入るだけで「国民総懺悔」といって責任を国民に押し付け、国民を飢えと混乱の中に放り出しながら、遂に戦争の責任を誰も取らないままに経済成長でゴマかしてきた70年来のこの国である。

 投書者が「日本という国って、国民って一体何なんやという思いが今でも残っています。戦争をしないと誓った国がいま、戦争ができる国になろうと突き進んでいます。何でやねん!」と言われるお気持ちがよく分かります。

 戦争は決して急に始まるものではありません。だんだんと戦争のできる準備が整えられて、最後にはもう誰も反対出来ないようになって戦争になることは苦い経験通りです。

 何とか憲法に違反する安保関連法案を廃案に追い込み、日々の平和な生活をいつまでも守っていきたいものです。