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孫が大きくなると

 今年は夏休み早々に二年ぶりにアメリカの孫たちが帰ってくるというので早くから期待に胸を膨らませ、何やかやとその準備に気を使った。

 孫といってもいつの間にか大きくなってしまって、大学生二人と高校生では昔の子供時代のようなわけにはいかない。

 もう大人に近いのだからこの際改めて少し日本文化にも触れられる機会にしてもよいのではと思い案を練ってみたりした。それには京都はどこへ連れて行くのが一番良いか。東山の清水寺から高台寺、八坂神社あたりが一番ポピュラーで日本らしいが、銀閣から哲学の道を経て南禅寺あたりまっで歩くのも良いかも知れない。

 あるいは嵐山へ行って竜安寺あたりから竹林の道を通って寂光院や落柿舎、二尊院などを見て化野の念仏寺のあたりを散策するのも昔の風情があって良いのではないなど、いろいろルートを考えたりもした。

 そしてどこへいくにしても、最後は祇園祇園会館で観光客向けにお茶やお華から歌舞伎、能まで色々な京都の芸能のエッセンスを見せてくれるので是非そこへも案内しなければとも思った。

 また、篠山の郊外の里山に昔ながらの藁屋根の農家を改造して泊まれるようにした所があると聞いて、それなら篠山の古い町を見てからそこに泊まるようにするのもよさそうだと考え、わざわざ現地に下調べにも行って来た。

 高野山世界遺産になり宿坊で一泊してお坊さんの修業の一端を見るのも面白いかもしれない。さらには大阪ならどこが良いか、神戸なら何処かなど良さそうな所を考えてみたりもした。新しくなった姫路城などもよいのではないか、美山町などもどうかなど、次から次へと案が浮かんできた。

  それに、あちこち行くためには、小遣いも弾まなければならないだろうし、年頃だから何かアクセサリーでも買ってやらねばならないのではなかろうかといろいろ爺の思惑には切りがない。

 ところが実際に来てみると、もうみな子供ではないのでそれぞれに自分たちでしたいことが多いのでこちらの思惑は見事に外れてしまった。

 最初の3日だけはあらかじめ予定していたので、示し合わせて日本での時間を取ってくれたこれもアメリカ住まいの上の娘夫婦も一緒になれて、久しぶりの家族全員集合が出来、小旅行をしたが、後は孫たちは東京見物、野球見物、それにアメリカでの旧友が博多から訪ねてきたり、こちらから東京や広島、神戸などに行ったりで忙しい。

 宿舎も我が家の近くのマンションなので、昔のように一緒に遊ぶ機会も少なく食事などを一緒にするぐらいで、3週間の滞在期間はあっという間に過ぎてしまった。

 高野山だけはあらかじめ予約をしていたので行って満足し喜んでもらえたが、後は一緒に親戚へいったり、近くの散策をしたり、何度か食事をともにしたりしたぐらいで、たちまち時間切れで、ゆっくり買い物に付き合う機会もなかった。

 折角準備していた京都を案内することも出来ず仕舞いになってしまった。これまで会う毎にいつもしてきた彼女たちののスケッチを書かせてもらう機会も持てなかった。

  日本文化を紹介しようと思っても相手が幾らかでも関心を示さないことには始まらない。孫たちは成長したとはいえ、今の所まだそんなことより着物を着て写真を撮ったり、昔の友人に会ったりすることの方が大きな関心事のようである。

 孫たちもいつの間にか大きくなり最早一人前近くなってきたが、私たち老人の頭の中のイメージはなかなか急には変わらない。いつまでもこちらが面倒を見なければならない愛すべき子供のイメージなのである。たまにしか会わないので余計に昔の思い出が強く残っているのであろう。

 そういえば私の母が一番後で生まれた従兄弟が訪ねてくるたびに、もう40歳も超えた男に「Hちゃん大きくなったね」と言っていたのを思い出す。それ程ではなくても、変わることの少ない年寄りの意識と、どんどん成長していく孫たちの意識とは年とともに開いていくようで、それぞれの思惑もそれに従って外れていくのは致し方ない。

 それでも老人たちは見限るわけではない。いつまでも孫たちの成長を願い、何かしてやれないかと考え、それが自分たちの希望となり喜びとなっているのである。

 お互い思惑は違っても、違った思惑を追ってはまた違う思惑をしないではおれないのがじじばばの役目であろう。