読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

無言館

 信州の上田市にある山の上に、水上勉の息子の窪島誠一郎氏が画家の野見山曉治氏とともにあの戦争で若くして戦死した画家たちの絵を集めて無言館と名づけた美術館を作ったことを聞き、一度訪れてみたいと思っていたが、遠く交通の便も悪いこともあってそのままになっていた。

 ところが先日たまたま新聞で、兵庫県丹波にある植野美術館というところで戦後70年目の夏の祈りの絵展として「無言館展」をやっていることを知り、良い機会だと思って早速見に行ってきた。

 植野美術館というのは丹波市立となっているが、この地の出身である実業家の飯野氏が作ったもので、飯野氏は芦屋の奥池にあるエンバ美術館の創設者でもある。10年前にもここで同じ「無言館展」が開催されたそうで、今回は過去の催し物で一番人氣があったということで、再度の展覧会になったのだそうである。

 それはともあれ、日中戦争、太平洋戦争で戦場に駆り出され、画家の夢を果たすことなく戦死した画学生らの遺作、遺品を集めたのが無言館で、その名の通り志を果たせず戦争で若い命を失った画家たちの絵やそれに伴う遺品などが約300展展示されていた。

 それぞれの絵は絵画に対する情熱を断ち切り、家族や恋人と別れて戦地に赴き、あたら自らの才能と夢を果たさず命を奪われた者たちによる戦争の不条理さ悲惨さの告発だけでなく、彼らが生きた証ともいうべきものである。

 野見山氏が戦争から帰って後年パリへ留学した時に、死んだ友人たちが皆憧れていたパリに自分だけが生きて実際にやって来て良いのだろうかという生き残った者の罪悪感のようなものから出発しているようである。

 多くの絵の作者の中には有名な画家の息子もいるし、今の東京芸大首席で卒業し将来を嘱望されていた人なども含まれる。どこかの展覧会で賞をもらった絵もあるし、出征前に描かれた妻や妹の絵もある。

 戦前から戦中にかけての世の中の様子を知り、その中で人々がどのように生きなければならなかったかを知っているだけに、個々の亡くなられた人たちの当時の生き方や考え方が想像出来、無駄な戦争に貴重な人々の命をに失ってしまった残念さ、その時代の流れの対する言いようのない怒りが蘇ってくるのを感じずにはおれなかった。

 一人一人の絵が その人たちの大切な命の生きた証拠として万感を持って心の迫ってくるとともに、あの時代の空気が昨日のことのように思い出された。

 時あたかも安部内閣戦争法案ともいうべき集団自衛権を柱とする安保関連法案が憲法違反かどうかを問われている国会の開催中である。自民党憲法学者たちの違憲説にも耳を貸さず、会期を延長して強引に法案を可決しようとしているが、これを通せば戦前同様に戦争への歯止めが効かなくなり、やがて再び引き返しの効かない戦争へと進まざるを得ない窮地に追い込まれる恐れが大きい。

 二度と無言館のような悲劇が繰り返さないように、まだ間に合ううちに何とかこの国の将来を救いたいものである。