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ある母子家庭の結末

 先日新聞を読んでいたら何とも悲しい記事に出くわした。千葉で13歳の自分の娘を殺した母親の裁判の記事であった。

 母一人子一人の二人暮らしで、母は給食センターでパートとして働いていたが、月収はおおむね11万~12万円。生活に困って家賃を滞納し、県営住宅明け渡しの強制執行日の朝に同じ布団に寝ていた娘の首を鉢巻で締め、窒息死させた殺人事件であった。

 数日前にあった体育祭で娘がしていた鉢巻が使われたのであるが、地裁支部の執行官らが室内に入った時、母親は娘の頭を撫でながら、娘が体育祭で活躍する映像を見ていたそうである。

 母親は「お金がなく相談する人もいない。自分も死ぬ以外にないと思った」と語った由。郵便貯金の残高と所持金は合わせて4,680円だったとか。

  市役所に生活保護の相談にも行ったが申請するまでになっていなかったそうで、娘の中学入学の準備のためヤミ金に手を出し、娘のバレーボール部のジャージーや靴、アイドルのグッズなどを買ってあげていたということらしい。

 生活に行き詰まった母子家庭の心中事件である。裁判官も「身近に頼りに出来る者もおらず、原因の全てが被告自身にあったと言うことはできない」として求刑を軽減している。

 このような事が現実にこの国で起こっていることは国として恥ずべきである。憲法で「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とされているにもかかわらず、このよう普通にしていて生活ができなくなるような事が起こるのは個人の責任でなく、社会にも大いに責任があると認識すべきである。

 母子家庭の生活が困難な事が多いことは広く知られているが、それに対する施策は貧しい。政府は憲法に違反するような「戦争法案」よりも国民の生命財産を守る福祉政策を当然優先するべきではなかろうか。こちらでも憲法無視がまかり通ろうとしている。

 最近はただでさえ少ない生活保護費をさらに削り、住宅手当も削減し、生活保護をなるべく受けさせないよう「いじめ」に近いような事まで行われているようである。

 生活保護は恵みではなく権利である。この例でも生活保護の相談に行っているのだから、保護を受ける事さえできればこのような悲劇は起こらなくて済んだのではなかろうか。このような弱者に対する「いじめ」には人間として心からの怒りを感じる。