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戦争法案

 民社党福島瑞穂議員が参議院での質問で自民党の提出している安全保障関連法案について「戦争法案」と言ったのを自民党が訂正するよう求めた暴挙が問題になったが、最近の政府の言論抑圧の傾向はますます強くなってきており、これについてはニューヨークタイムズも社説で取り上げている。

 さらに今度はこれらの法案が議会でまだ通っていないのに、安倍首相の訪米に合わせて、アメリカで外務、防衛担当閣僚会合が開かれ「日米防衛協力のための指針」の改定が合意されたと新聞が大きく報じている。この指針が憲法解釈の変更や安保条約の転換という重大な問題を含んでいるにもかかわらず、国民的な議論もなしに決められた事はいよいよ安倍内閣が国民を無視してでもアメリカの要望に応え、より強く迎合していこうという姿勢をはっきり示しているものである。

 アメリカとの合意が先で、その後で国内の議会で「戦争法案」を議論し通そうというのである。宗主国との約束は変えられない。そこで決まったことを議会ではどのような形にするかが議論されるだけで、結論は既に決まっている現実を国民は知るべきである。

 この「戦争法案」により政府は「積極的平和主義」の名のもとに、「集団的自衛権」を行使し、アメリカのために世界の果てまで国民を戦場に送り込もうとしているのである。戦前の「天皇のため」を「アメリカのため」に置き換え、「東洋平和」と「積極的平和主義」や「国際平和支援法」と比べてみたただけで、いよいよ昭和の初めのファシズムの亡霊が再び見え隠れし始めてきていることがわかる。

 どこの国でもそうだが、政府が平和を口にしだしたら気をつけなければならない。これまで為政者は戦争をしたいときには必ず平和を口実にしてきたのが歴史的事実である。今度の安全保障関連法案の改正でいよいよ「国際平和支援法」の他にも「平和安全法制整備法案」とか「国際連携平和安全活動」など戦争に繋がるものにやたら平和の文字が付けられていることでも政府の意図が読み取れるであろう。

 ただし、世界の情勢は昭和の初めとは全く異なっている。世界は急速に変化しようとしている。その中で日本が不平等な日米条約をより緊密にすることで国民の将来をよりアメリカに依存させようとするものである。

 日本の軍隊はアメリカの指示により動き、アメリカの指示がなければ動けない。いつまでも国民の安全をアメリカに丸投げしていてもよいものだろうか。アメリカは当然自国の利害により動くものであり、それに反してまで日本を助けてくれるわけではなく、逆に無理難題を押し付けてくる可能性もありうる。

 この世界の潮流が変わりつつある時にじっくりと先を読まないで、このまま敗戦以来の米国依存を強化し、さらに深入りしていくことの危険性も十分考えに入れるべきであろう。

「この道しかない」としてこのまま同じ道を進めば、やがてこの国がアジアの孤児になり、次いでは世界でも孤児となって、アメリカにも捨てられ、滅亡の道へ落ち込んでいく恐れが強いことも考慮すべきではなかろうか。