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自由なメディアの崩壊

 安倍政権が出来た頃から急速に政府からのメディアへの圧力が強くなり、メディア側もそれに合わせるように自主規制を進め、公正な報道がされにくくなってきている。戦前の昭和一桁時代に何処か似てきた感じがする。

 最近新聞社やテレビなどの会社の社長が安倍首相と会食を重ねていることはよく知られているし、NHKに自分の仲良しを会長や委員に送り込んだことも有名である。また、朝日新聞慰安婦に関する誤報を読売新聞などが執拗に追求したり、選挙の前に自民党が民放各社に公正な報道を求める通達を送ったり、街頭録音の中立を守るように要請するなど政府のメディアに対する干渉が強くなっている。

 実際、テレビで政権批判をすると、発言者や局に対してネットなどを通じて「糾弾」の動きが起こり、現 場の人々に圧力がかかるのが目に余るようになってきている。それももっぱら無限の圧力とそのための自粛で目に見えないところで確実に進められている。

 この動きには右翼が乗っているようで、誰か仕掛け人でもいるのか、ここ最近戦前のような売国奴、非国民、国賊などといった言葉が急速にあちこちで聞かれるようになって来た。

 殊に今冬のシリアのイスラム国による日本人人質の殺害事件の時などには「人命尊重を第一に考えるなら、政権の足を引っ張るような行為はしてはならない」 「いま政権を批判すれば、テロリストを利するだけ」 「このような非常時には国民一丸となって政権を支えるべき」で、こういう時には政府の批判は控えろという言論抑圧の発言すら大きな声で唱えられるようになった。

 これらが政府が進める特定秘密保護法、集団自衛法適応、安保法制の見直しなどと密接に関連しながら進められていることにも注意を払うべきである。

 インターネットなどでもネット右翼ネトウヨ)と言われる人たちの常軌を逸した暴言が増えたのも最近のことである。次第に戦前と同じような「もの言えば唇寒し」の世の中になって行くような感じである。

 明治時代から新聞は日清、日露の戦争などごとに部数を伸ばして「新聞は戦争と共に発展する」と言われてきた歴史があり、昭和に入ってからの戦争には政府に全面的に協力し、戦意高揚に積極的な役割を果たした苦い歴史がある。

 戦後になって朝日新聞主筆を務めたこともある緒方竹虎は「各新聞社が本当に手を握ってやれば、(戦争防止は)出来たんじゃないかと、多少残念に思うし、責任を感ぜざるを得ない」と後悔している。この深い反省を忘れてまた同じ過ちを繰り返えそうというのであろうか。

 これに対して「翼賛体制の構築に反対する言論人、報道人、表現者の声明」が映画作家の想田和弘さんや社会学者の宮台真司さん、憲法学者小林節さん、元経産官僚の古 賀茂明さんのほか、音楽家の坂本龍一さんや映画監督の是枝裕和さん、作家の平野啓一郎さんや馳星周さ んら、多くの言論人や表現者が名を連ねて出されているのが救いである。

 声明では『「非常時」であることを理由に政権批判を自粛すべきだという理屈を認めてしまうなら、原発事故 や大震災などを含めあらゆる「非常時」に政権批判をすることが出来なくなってしまう。たとえば、日本 が他国と交戦状態に入ったときなどにも、 「今、政権を批判すれば、敵を利するだけ」「非常時には国 民一丸となって政権を支えるべき」という理屈を認めざるを得なくなり、そうなってしまっては、他国を侵略し日本を焼け野原にした戦時体制とまったく同じではない か? 70数年前もこうして「物言えぬ空気」が作られ、私たちの国は破滅へ向かったのではなかった か? 』といっている。

 朝日新聞系の朝日テレビ首相官邸から「報道ステーション」についてのクレームの文書が出され、ディレクターが止め、出演の古賀氏も番組から外されるようなことも起こり、しかもこういう出来事に他のメディアにも自粛ムードが拡がり反対意見の声も上がらないことは異常な事態なのではなかろうか。

 戦後に戦争に協力した反省から再出発した日本のメディアはまた政府に迎合、遂には破綻といういつか来た道をまた歩もうとするのだろうか。大新聞で現在でもまだまともかなと思えるのは毎日新聞東京新聞ぐらいであろうか。

 今後どうなっていくのか、戦争時代を知っているだけに気になるところである。