猪名川のモーニングショウ

 わが家の近くを猪名川が流れているので、歳を取ってからはよく朝方などに河原を散歩することにしている。住宅地を抜けて川の堤に立つと、広い空間が開け山の景色も豊かな水の流れもあり、行くたびに季節は変化していくし、小鳥なども多いのでいつ行っても気持ちがよい。

 朝明け方近くに行くと東の空に真っ赤な朝日が上がるのに出会うこともあるし、一番の飛行機が伊丹空港から飛び立ち、大空で旋回しながら雲の間に飛び去っていくのを眺めることも出来る。阪急電車が鉄橋を渡っていく姿や、JR宝塚線が対岸の堤に沿って走っていくのを眺めることもある。

 堤防の上を歩いていても、朝が早いとまだほとんど誰もいないが、たまに散歩に出てきた人とすれ違って知らない人でも「おはようございます」とお互いに挨拶を交わすのも楽しい。

 人は少ないが河原には小鳥が多い。堤の斜面では鳩の群れとスズメの群れが近くで共存していることが多い。ジョウビタキは単独でヒョコヒョコ飛んでは草の芽をついばんでいるが、セキレイは一羽か二羽ぐらいが低く素早く飛んでいる。

 また川面にはいつでもどこかには必ずじっと動かずに立っているアオサギがいる。春先にはどこから来るのか鴨の群れがあちこちに見られるし、黒い鵜が群れをなしているのを見ることもある。

 河原を散歩しながらこうした鳥の動きを観察していると面白い。鴨の群れが一斉に丘に上がり餌になる草の芽でも食べていたのが、近づくと一斉に飛び立つ姿やその羽音は感動的だし、水面に浮かぶ鴨が大きな集団や小さな集団に分かれながらも仲間が集まって同じように行動している様子などもしばらく見ていると面白い。

 集団同士が出会うよに近づくので一緒になるのかと思っていたらお互いに交差しながらも大部分の鳥は一緒にならずに通り越して元の集団どうしで過ぎていく。しかし皆が皆そうではなくて出くわした集団の方に一緒になってしまうものもいるから面白い。

 出会った集団の中に良い相手を見つけてそれに惹かれて元の集団から抜け出したのか、単なる偶然で違った集団の方に紛れ込んだのか、あるいは何か損得計算でもした上での選択なのか知る由はないが、勝手に色々想像してみるのも面白い。

 先日はまた違った所で、面白い場面に出喰わした。この場合は黒い鵜の群れと一羽のアオサギの出会いである。川の中の洲に何十羽もの鵜が飛んできて集まった。そこから少し離れたところに以前から一羽のアオサギがじっとしていた。見ているとアオサギが歩いて鵜の群れの方に近づいていく。次第に距離が縮まり鵜の大群の中にアオサギが一羽で悠然と乗り込んで行く格好である。

 まるで俺の縄張りを荒らすなと警告に来たようである。どうなるのだろうかと固唾を呑んで見守ることになる。アオサギの方が少し大きいためもあるのか。大勢いる鵜の方は手向かう様子はなく、アオサギの行く手の道を開けてやっている。

 丁度その時、少し離れたところにいた違った群れの鵜たちが次々に飛び立ってアオサギの近くにいる鵜の群れの近くに集まってきた。一羽のアオサギに対して大勢の鵜が取り囲む格好である。

 一瞬いよいよ戦でも始まるかとも思えたが、人間より鳥たちの方が利口なのか、平和的なのか、アオサギは鵜の大群に囲まれた格好なのに一向に逃げる気配もなく、鵜も沢山いるのに皆アオサギにはあまり関心がないのか、それぞれ勝手な方向を向いて羽を広げたりじっとしていたりしている。

 どうなるのだろうかと興味深々でこちらは見ていたが一向に何も起こらない。そのうちに鵜の群れの一部は誘い合ったかのように少し離れたところに飛び去った。

 肝心のアオサギと周りの鵜たちはいつまでも動かずじっとしているだけで、睨み合っている様子でもなく、ただ隣り合って立っているだけで、本来群れをなす鵜がいて、孤独なのが当然のアオサギが一羽だけでいるという自然の原則が隣り合わせににいるだけといった感じである。

 いつまで見ていても一向に変化がないので、こちらが痺れを切らしてその場を離れた。歩きながら何度も振り返ってみても変化はなかった。我々の時間と鳥たちの時間では流れ方が違うようである。

 何も起こらなかったが面白かった。朝に河原でこんな珍しい光景に出喰わすこともある。素晴らしい河原のモーニングショウを見せてもらったような気がした。