一期一会

 昨日は中秋の名月。一昨夜と昨夜と続いて良い天気で月を眺めることが出来ました。

一昨夜は雲一つない夜空に満月だけが浮かび周りも黄色く照らしていましたが、広い残りの空は真っ暗でなんだか月がひとりぽっちで寂しそうでした。それに対し、昨夜は空一面に薄い線状のいわし雲が拡がり、その間から月が顔を出している景色でした。雲が薄くて細いのでまるでまん丸い月に中秋を言祝ぐ水引でもかけたような姿となり、素晴らしい月見を楽しませてもらいました。

 月に叢雲がかかり月が顔を出しては隠れ競うように流れて行く姿はよく見ましたが、昨夜のような秋の月を見たのは私の八十六年の人生でも初めてでした。あんな美しい月見はもう見れないでしょう。一期一会です。風に揺らぐ芒の影や月見団子がないのが残念でした。

 一期一会と言えば、丁度昨日の朝別のことでもそれを強く感じさせれたところでした。

 それはこんなことです。今年の夏の初め頃のことです。朝からの会合があって中之島の国際会議場へ行きました。天気も良く、少し早く家を出たものですから渡辺橋から江戸堀川に沿った川縁の遊歩道を歩いて行きました。

 日曜日で朝も早いので殆ど人はいず、車の音もせず、朝の空気も気持ちが良いので対岸のビルや川面を眺めながらゆっくり歩いて行きました。川面が静かなので対岸のビルに続く川面のビルの影も細かい所まで奇麗に映り込み、僅かにゆらぐその姿が何とも言えない美しさなのです。思わず立ち止まって暫く見とれましたが、見れば見るほど魅力的でぜひともこれを自分の中に取り込みたい衝動に駆られました。

 こういうものはスケッチなどには向いていません。カメラで記録しておくよりないでしょうが、その時はカメラを持っていません。仕方がないので暫く眺めて堪能するよりありませんでしたが、あまり残念だったのでそのうちにきっともう一度この景色を見てカメラに収めようと思いました。

 忘れないうちにと2−3週後に、今度こそはと思ってカメラを持って朝の同じ頃の時間を見計らってもう一度同じ場所へ行きました。ところが天気の加減か川面への映り込みが良くありません。暫く待って様子を見たりしましたが変わりなく、がっかりして帰りました。

 それでも諦めないでもう一度行こうと決めました。ところがその後、今年の夏は天気が不安定で集中豪雨で被害が出るなど、あまり天気の良くない日が続き、なかなか適当な日が来ませんでした。九月になったやっと秋空の日が来ましたので、早速今度こそはと思って朝からカメラを持って出掛けました。

 今日は天気はよいしこれならまたあの奇麗な川面の反射にで会えるのではないかと思いました。ところがです。今度は雨が多かったためか、川の水量が多く、流れが少し速いのです。その上、決定的だったのは少し風があって、さざ波が立っているのです。

 こうなるとビルなどの対岸の景色の川面の反射は定かでなくなってしまいます。それにここらの川は比較的海に近いので、どうも潮位の影響も受けるみたいです。どうも始めに感激した時には満ち潮で、そのために川の流れが殆ど止まって池のような状態になっており、おまけに風もなかったので水面が鏡のように静かだったのではないでしょうか。

 今度も完全に失敗でした。川面の映る影は幻影です。多くの条件で刻一刻移ろいでいるもので、まさに一期一会で、同じ姿に出逢えることは滅多にあるものではないのだということを思い知らされました。ただし、そう思い始めると今度は先に見た映像が頭の中でどんどん理想化されてますます現実には会えない存在になって行くような気もします。

 何気ない川面の映像も悠久の大河の流れの一瞬の姿で、二度とは同じ姿を見ることが出来ないものなのかも知れません。